#絵画
昨日は休暇を取って滋賀県の2つの美術館めぐり。 まず、午前中は信楽の山中にある大きな美術館で開催中の「ファインバーグ・コレクション展~江戸絵画の奇跡~」を鑑賞。 アメリカの日本美術コレクターの蒐集した江戸期を中心とした日本美術が里帰りしたと…
くまモンをデザインしたのが、上の白シャツの男水野学と、彼の率いるグッドデザインカンパニー。 当初、「くまもとサプライズ」のロゴデザインの依頼だったのにもかかわらず、 ゆるキャラ「くまモン」も熊本県に提案したという。 くまモンは、頼まれもしな…
アンリ・マティス 「鏡の前の青いドレス」 1937 大阪国立国際美術館の「美の響演 関西コレクションズ」展は、7月15日(月・祝)まで開催中です。 何時間居ても、閉館までは追い出されませんので、涼を得に行かれたらいかがでしょうか。 多くの絵の前には、ソ…
ヤフオクでマーク・ロスコの額入りポスターを落札。大きさは縦100㎝横70㎝。 3000円から競り上げて、5000円ちょっとで落札。 後でAmazonで調べたら、このポスターだけで4000円台だったので、 新品ではないけど額込みで5000円ちょっとなら、まずまずの成果。…
『立てる像』 松本竣介 縦162×横130センチ 昭和17年(1942年) 神奈川近代美術館蔵 神奈川近代美術館に残るこの作品は、松本竣介にしては大きなサイズの作品である。 彼はもっと抽象的で前衛的な作品を多く残しているのだが、 この作品の人物はていねいな筆…
絵の具の三原色は、赤と青と黄色なのですが、この3つの色が私は好きです。 赤い絵や黄色い絵や青い絵が好きです。 今日のご紹介は、松本竣介の「白い建物」。 昭和16年から17年頃の作品であります。 この白い建物は、国鉄の水道橋駅の駅舎のようですが…
Y市の橋 昭和18年 油彩・キャンバス 61.0cm×73.0cm 戦時中軍部から戦争画を描けと命じられた松本竣介(1912-1948)は、 「画家は腹の底まで染みこんだ肉体化した絵しか描けぬ」と、それに従わなかった。 中学時代に聴覚を失った松本は、徴兵を免れ、戦時中に…
入院中に病院内のローソンで見つけた雑誌の特集、 「2013年 絶対見逃せない 美術展」という誘い文句に騙されて購入。 いい美術展は東京が中心で、関西は京阪神のどこかの美術館で開催してくれるかな、といったスタンス。 2013年は、ダ・ビンチ、ミケランジ…
ポール・セザンヌ作 『マンシーの橋』 (1879年頃 60×73cm オルセー美術館) 60歳を前に油絵を始めて、目下セザンヌのとある作品を模写している最中です。 私が19歳のとき、京都市美術館でセザンヌ展に出会って以来もっとも尊敬する画家の一人なのですが、 …
私の周辺男子、定年退職後は美大の成人コースに通おうと、 週一回、文化センターの日本画コースに通っております。 実は順序は逆で、日本画コースの先生に、定年後はうちの大学に来ないかと誘われたようであります。 彼は日本画を始めてまだ1年くらいだった…
もう10年近く前になるが、中学を卒業した娘と二人旅をしたことがある。 車で3泊4日の旅、萩、津和野、岩国、厳島神社、広島、倉敷など、 私のしたい中国地方を巡る旅に、娘を連れて行った。 萩と津和野は初めてだったのだが、 津和野では完成間もなかった安…
エッフェル塔 三岸節子 1924年 三岸節子はこの「エッフェル塔」を描いた1924年、 女子美(当時は女子美術学校)を首席で卒業した。 この作品は、女子美が所蔵している。 優秀な生徒の優秀な作品は、卒業時に学校が買い上げ、長くその栄誉を讃える。 三岸は63…
人間の情熱の量などたかが知れたものだが、 ときに巨大な量を持ってうまれざるをえなかった人がいる。 三岸節子がそうである。 司馬遼太郎 今日は土曜日なのに、姫路まで仕事で出かける。 目的地までの電車の中、出がけにトートバッグにほうり込んだ週刊誌の…
和歌山城の桜が8分咲きの頃、その南隣の和歌山県立近代美術館の名品に会いに行く。 ご存知、徳川御三家の居城であった和歌山城。 その三の丸跡に建てられた、黒川紀章設計のモダンな県立近代美術館は、 和歌山城と見事なコントラストをなす。 ここに、マー…
草間彌生展、「永遠の永遠の永遠」(大阪国立国際美術館)に出かける。 2月に体調を壊していたので、最終日を前にようやく観に行けた。 以前、NHKのドキュメンタリーで、今回の作品の創作課程をたっぷり楽しんでいたので、 この展覧会にはなんとしてで…
学研が発売した、大人のための深くて楽しい教養情報を満載した、 ビジュアル・カルチャー誌「CARTA(カルタ)」。 第1号は、今年編纂1300年を迎える「古事記」の総力特集だったようで、 私が何かの書評で気付いたときは既に完売で、 それより、第…
高峰秀子の著書に「私の梅原龍三郎」というのがある。 自分をモデルに多くの作品を描いてくれた梅原を語ったエッセイである。 そのエッセイの表紙は、もちろん梅原が描いた高峰である。 高峰の「私の渡世日記」という上下巻のエッセイも、 梅原の描いた肖像…
土門拳 「江東のこども・近藤勇と鞍馬天狗」 1955年 こんなこどもたちはいつでも撮れると思っていた、 でもこの時撮っておかなければ二度と撮れなかったのである、 と土門は書き残している。 東京は江東の下町、こんな街角もこどもたちももうなくなってしま…
中之島コレクションズから 「道化役者と子供」(1905年) パブロ・ピカソ ピカソの「青の時代」は1904年頃までで、 1907年には、センセーショナルな「アビニヨンの娘たち」を発表し、 キュービズム(キュビスム)の創始者として、颯爽と歩いていくことになり…
中之島コレクションズ(大阪国立国際美術館 ~12月11日)からご紹介。 「髪をほどいた横たわる裸婦」(1917年) アメデオ・モディリアーニ タイトルは作品をそのまま表しており、何の説明も要らない。 佐伯祐三の「郵便配達夫」と並ぶ、近代美術館建設準備室…
郵便配達夫 佐伯祐三 1928年 国立国際美術館に会社の帰りに立ち寄り、美術展「中之島コレクション」を鑑賞。 念願の佐伯裕三の「郵便配達夫」の実物との対面が、ようやく実現できた。 中之島の国際美術館は、金曜日だけ19時まで開館してくれていて、 残業…
エドゥアール・マネ 「鉄道」 1873年 今日は、ワシントン・ナショナル・ギャラリー展のメイン作品をご紹介。 日本初の鉄道開業は、ご存知のとおり明治5年の新橋~横浜間で、 マネのこの作品が描かれた前年のことである。 この母と娘の後方に広がるのは、パリ…
ポール・セザンヌ 「赤いチョッキの少年」 1888-1890年 わが国初の、セザンヌの作品を広く集めてきて開催されたのが、 1974年のセザンヌ展。 この年のセザンヌ展が、二科展などの公募展を除くと、 私の初めて本格的な展覧会の体験だった。 当時のデータ…
ピエール=オーギュスト・ルノワール 「アンリオ夫人」(1876年頃) ワシントン・ナショナル・ギャラリー展(京都市美術館 会期:~11月27日(日))から、 今日ご紹介するは、ルノアールの作品。 この作品の美しいモデルは、さぞかしセレブリティなの…
クロード・モネ「日傘をさす女」(1875年) 京都市美術館で11月27日まで開催中の「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」に、 混雑を避けて、平日に行ってきました。 会場内での混雑は避けられましたが、平日の午前中にもかかわらず、 決して少なくない…
伊藤若冲のコレクター、ジョー・プライスが最初に手に入れた作品が、 この「葡萄図」だという。 この作品に心を打たれたプライスは、若冲のコレクションを始めた。 私もこの水墨画に心引かれ、 自分が虫に食われた葉っぱのように年老いてきて、 さらに愛着の…
旅行先の、岡山の直島から次女の送ってくれた画像、 草間彌生の「南瓜」。 写真はうまくなくて、周囲の状況がよく判りませんが、 海に突き出たコンクリートの桟橋の先端に、高さ2mの巨大なカボチャ。 草間画伯お得意の水玉模様の逸品であります。 20cm…
京都は嵯峨野の、化野(あだしの)念仏寺。 毎年地蔵盆の時期(8月23日・24日)に、 境内の西院(賽)の河原にまつられている数千体の無縁仏に、 ろうそくを灯し、供養します。 この宗教行事が、世にも有名な化野念仏寺の千灯供養です。 平安時代には、このあ…
暑中お見舞い申し上げます 今日の1枚は、1960年東山魁夷52歳の時の作品、 「青響」(東京国立近代美術館蔵)。 福島県の奥深い山の原生林、ブナの樹の間から一筋の瀧が流れ落ちます。 この作品で、日本画壇での地位を不動のものにし、 その後、魁夷念…
京都の五条通を西へ走ると、その道はいつしか国道9号線にかわり、 その道は日本海の海岸線伝いに、遠く山口県まで通じることになる。 京都市の西部(洛西)に話を戻すと、 私は子どもの頃に、国道9号線上のこのあたりを時々バスで通過していた。 このあたり…