遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

夢/黒澤明

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夢 Dreams
監督・脚本 黒澤明
製作 黒澤久雄、井上芳男
衣装  ワダエミ
公開 日本 1990年5月25日、アメリカ 1990年8月24日
上映時間 119分

黒澤明監督作品全30作品のうち、28作目にあたる「夢」のご紹介。

本作は「日照り雨」(画像左上から横へ1)、「桃畑」(2、3)
「雪あらし」(4)、「トンネル」(5、6)、「鴉」(7、8)
「赤冨士」(9)、「鬼哭」(10)「水車のある村」(11、12)
の8話からなるオムニバス形式で製作された。

「日照り雨」
太陽が出ているのに雨が降っている天候「狐の嫁入り」を扱った作品。おめでたなのにしめやかな狐の嫁入り行列の神秘的な美しさに目をみはる。行列が静止するシーンでは、そのたびに息をのむスリル。母(倍賞)と子の距離感も絶妙。素晴らしい夢の見せ方で「つかみ」は成功している。

「トンネル」
戦争を生き延び抑留されたのち帰郷した日本兵(寺尾)。彼が徒歩でトンネルを抜けると、後ろから一人の兵士(頭師)が追いかけてくる。一件落着したその後から、こんどは一個小隊が追いかけてくる。彼らは寺尾の小隊の部下たちで、寺尾を残して全員が戦死している。寺尾小隊長は、元部下たちの死霊に向かって説得し号令をかける。
反戦をこういう角度で描くかと感服する。トンネル内に響く一個小隊の行進する軍靴の音だけで、見るものを涙させる素晴らしい演出。日本映画の世界に誇る名場面が詰め込まれた小品である。

「水車のある村」
村の中を清流が流れ水車が回る名もなき村に、寺尾が迷い込む。傍らに水車を修理する老人(笠智衆)を見つけ、寺尾は話しかける。その日は99歳のおばあさんの葬儀があるという。103歳の笠の、初恋の人の葬儀だという。
「生きることは、苦しいと人は言うが、それは“人間の気取り”だ。生きているというのはいいもんだよ、とても面白い」と笠は言う。
やがて、おばあさんの葬列が近づいてくる。楽隊と「ヤッセイ ヤッセイ ヤッセイ ヨイヤサ」という掛け声と、跳ね子のような振付けの葬列が明るくて荘厳で素晴らしい。掛け声と音楽は池辺晋一郎のオリジナルだと思うが、エンディングに相応しい素晴らしい小品であった。

狐の嫁入りや雛壇の上のお雛様集団や葬列の跳ね子などの出演は、「舞踊集団 菊の会」が担当したと言うが、彼らのパフォーマンスが素晴らしかった。

しめやかな狐の嫁入り、陽気な音楽付きの葬列、トンネル内の英霊の行進。この3つの集団的形式美に感動した。本作は黒澤明単独の脚本だが、関係者の打ち合わせやリハーサルで練り上げられたであろうシーンに拍手。素晴らしい。
原発放射能への批判的な作品「赤冨士」「鬼哭」は、テーマには共感できるが、映画としての出来は「日照り雨」「トンネル「水車のある村」の3作品が出色の出来だと思う。この3作は何度となく見返してしまった。

スコセッシがゴッホを演じた「鴉」も、実際に北海道の大地にヨーロッパの麦を植え、長い時間をかけて舞台をしつらえたという。

まさに夢のような作品だった。