遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

蜘蛛巣城/黒澤明

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蜘蛛巣城(くものすじょう)
監督 黒澤明
音楽 佐藤勝
美術 村木与四郎
公開 1957年1月15日  上映時間 110分
出演
土屋嘉男
稲葉義男

黒澤明の「蜘蛛巣城」のご紹介。この作品は、シェイクスピアの「マクベス」をベースにした戦国時代の物語。

本作は「椿三十郎」と同様、壮絶なラストシーンがあまりにも有名なのだが、それだけでは名作にはならない。
画家になりたくて夢叶わなかった黒澤明のその美的感覚が存分に生かされた作品で、4人の脚本家が練り上げた各シーンを黒澤はカメラの中井朝一美術の村木与四郎とともに作り上げた。とりわけ、村木の手になる建造物のセットは素晴らしい出来で壮麗である。ちなみのこの4人の脚本体制は、翌年公開の「隠し砦の三悪人」と同じ構成となる。

おびただしい人数のエキストラや、馬を使った騎馬群や、田園を行軍する城主の家来たちや、樹木でカモフラージュしてじりじりと押し寄せる敵軍など、そのスペクタクルはCGで描かれた「ロード・オブ・ザ・リング」より素晴らしい。
アナログの素晴らしさは、デジタルを永遠に凌駕することをこの作品が証明している。

馬にまたがった三船敏郎が素晴らしい。またがっているだけでなく、馬を操る技術が素晴らしいので実に躍動感がある。スタントマンを使っていないことは一目瞭然。三船と千秋実が“もののけ“に出会ったあと、霧の中を道に迷い馬に乗って右往左往するシーンは、とても幻想的で迫力もあり印象的。

また、共演の土屋嘉男の弁によると、壮絶なラストシーンの撮影で、三船敏郎は相当神経をすり減らしていた節があるらしい。映画後半の鬼気迫る三船の演技は、実際に精神的に追い込まれていたのではないかと思えるほどだ。もし黒澤がそれをねらっていたとすれば、すごいラストシーンを撮影できるわ、三船は何かに取りつかれたようになるわで、一石二丁の効果を得られたのかもしれない。

それから、三船の女房役の山田五十鈴の取りつかれ方もすごくて、能面をかぶった仕手のような演技と合わせて、特筆すべきであろう。この女優は、さまざまな作品で見るたびにその存在感に驚かされる。映画や舞台に活躍した女優は多いが、これ以上の女優は他にいないと思う。

最後に、もののけの老婆を演じた浪速千栄子も「怖いですねー、すごいですねー」的演技だったことを付け加えておく。

少し作り過ぎのきらいもあるほど、能や水墨画などに通ずる古典芸術様式美が示された本作。しかしそれだけでなく、エンターテイメント要素満点の迫力シーンも満載。その双方がうまくミックスされて、黒澤映画の代表作のひとつとなりえた。