原作 水上勉(46)
音楽 冨田勲(33)
公開 1965年1月15日 上映時間 183分
連絡船層雲丸(洞爺丸がモデル)の転覆による犠牲者のうち、二人の男の遺体の身元確認が取れないことから、物語ははじまる。
一方、刑事弓坂を演じる伴淳三郎は、一見平凡な飄々とした職人気質の万年刑事のようだが、犯人逮捕に執念を見せる気骨のある老刑事を演じて見事であった。
「幕末太陽伝」(1957年)や「にっぽん昆虫記」(1963年)で、すでに演技派女優として認知されていた左幸子が、哀しくて貧しくて優しい娼婦を演じた。
高倉健は、1963年の東映の任侠映画のさきがけとなる「人生劇場 飛車角」で大きなわき役をもらい、同年の「宮本武蔵 二刀流開眼」(内田吐夢監督)で佐々木小次郎役に抜擢されている。そして「飢餓海峡」の撮影後にはあの「網走番外地」の主演を務めることになる。ようやくまともな役が付きだしたころの溌剌とした高倉健がそこにいる。
話しは少しそれるが、この「飢餓海峡」の公開は正月過ぎの1965年1月15日とある。配給会社として一押しの映画が正月に上映されるわけだが、ではこの年の東映の正月映画は何だったのだろうと調べてみたら「徳川家康」だったようである。主演の家康役が北大路欣也、織田信長に中村錦之介、豊臣秀吉役に山本圭。東映は、北大路欣也を主演として、「徳川家康」をシリーズ化したかったらしいが、その後続編は作られなかったようである。
東映ニューフェースで映画界入りした高倉健は、入社後10年経って鳴かず飛ばず。しかし、後から出てきた御大の御曹司が正月映画で歴史的ヒーロー役で主演を務める。内心、忸怩たるものがあったかもしれないなと、私は想像の輪を広げてしまった。
原作がミステリー色の濃い大河ドラマのような立てつけなので、物語自体が観客をとらえて離さない。しかも、内田吐夢の演出に忠実に応えられる名優たちに支えられ、クレーンやレールなどを利用した機動的なカメラワークも手伝って、キネ旬邦画オールタイムベスト3位の作品に仕上がっている。
ちなみに、私はドスを1本引っさげた着流しスタイルのクールで朴訥な役を演じた高倉健が大好きだった。黙祷・合掌。