遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

10億人が愛した高倉健

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先週の土曜日に見たBS1スペシャル「10億人が愛した高倉健」は感慨深かった。

私は特別な高倉健ファンではないし、彼の映画もあまり見ていない。
ところが多くの中国人は、高倉健が主演した「君よ憤怒の河を渉れ」を、心の映画と思っている。この作品は、上映当時念入りに宣伝されていたのと印象的なタイトルで外形だけは認知していたが、私は見ていない。
番組でその作品内容を知ったのだが、いわれなき罪を着せられた検事(高倉健)が、その無実を晴らすために逃亡しつつ巨悪に挑み続けるという、まるで「逃亡者」のようなストーリーである。

文化大革命の嵐が去り、文化維新という流れの中、1978年に中国で上映された「君よ憤怒の河を渉れ」は、中国の人々の心をとらえて離さなかったという。番組では、市井の人への軽い取材や、知識人たちへの丁寧なインタビューを敢行する。

かつて作品を見た男女はすでに中年以上の年齢に達している。多くの市民は、驚いたことに作品の主題歌を口ずさみ、高倉健を称える。
「こんな日本人がいるのだと知って驚いた」と、高倉健の演じる検事を見て中国の人たちは心底驚いたという。
街でインタビューした人たちは
「男らしい風格、内に秘めた魅力、そして勇敢さ、強い信念。主人公のような男を描いた作品は中国になかった」
「日本人の真面目さや責任感、勇気はどれも健さんから教えられました」
健さんは私にとってヒーローの代表。日本人の優れた民族性を教えてくれた人です」と、カメラに向かって伝える。

同時代の日本人や日本人の暮らしを見て、10億人の中国人は、日本人の精神性や豊かな物質文明に憧れを抱いたのだという。中国を侵略した日本軍のイメージから、彼らの中に確立された日本人象は、少なくともそれがすべてではないと認識したのだという。

映画監督ジョン・ウーも、この作品の高倉健に魅了されたという。取材を受けた知識人たちは、異口同音に同じ感動を口にする。繰り返しになるが「日本人の印象が一変した。そして勇気をもらえた!」という。そしてその後の人生も、この作品により一変したと言う。
ある作家は、当時の恋人とこの作品をテレビで観て、出身の違い(家系が国民党か共産党による身分の差)を超える勇気をもらうことができ結婚を決意したという。番組では、テレビ鑑賞したその日の妻の日記が紹介された。まるで、映画のように美しい日記で、目頭が熱くなった。

文化大革命後の中国は、日本の戦後の状況と似ているのかもしれない。暗黒を抜けて、明るい社会の兆しが見えてきたときにタイムリーに出会った文化的なものは、人々に大きな影響を与える。
君よ憤怒の河を渉れ」(中国名「追捕」)は、暗黒を抜け出た中国で、彼らに勇気と希望を示す役割を担ったと言えるかもしれない。それば演出不可能な、壮大で素晴らしい遭遇であった。

「環球時報」という国際ニュースを扱う新聞社の編集長(55歳)は言う。彼も高倉健の作品を見て感動したひとりであった。
健さんは中国人と日本人の心の架け橋、絆だ。当時の日本は文化的・経済的に発展した国だった。でもいまは“政治的要素ばかりで厄介です。
あの時代は、両国の黄金時代だった。またそんな時代が来てほしいです」

高倉健は、あの作品で日本人の精神性を代表していた。侵略した日本軍とは対極にある日本人の精神性、それがいつまでも中国の人たち心に残ることを願ってやまない。そんな、今日この頃なのである。