遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

夕暮れのコンコルド広場/木村伊兵衛

イメージ 1

夕暮れのコンコルド広場(1954年) 木村伊兵衛

今からちょうど180年前の1832年、一隻の船がエジプトはルクソールの港を発った。

船荷は1本のオベリスク
古代エジプトの建造物ルクソール神殿
船荷は、そのルクソール神殿前に立てられていた、2本のオベリスクのうちの1本であった。

ルクソールを発った船は、各地を寄港し1833年にフランスに着き、
船荷の高さ25mのオベリスクは、今に至るまでパリのコンコルド広場に立っている。

ラムセス2世が神殿の自分の坐像の前に立てたのが、そのオベリスクで、時は紀元前13世紀。
したがって、コンコルド広場のあのオベリスクは、
大きな岩から掘り出されて折れることなく、3000年以上の風雪に耐えてきたものである。

初めてのパリで、半日観光のバス添乗員であった地元の日本人ガイドさんに、
「あれは、エジプトから贈られた紀元前のオベリスク」だと聞かなかったら、
ノートルダム寺院エッフェル塔凱旋門ほど気にかけなかったに違いない。


今日の1枚は、写真集「木村伊兵衛のパリ 」の表紙にもなっている、
「夕暮れのコンコルド広場」。

コンコルド広場をのぞむ路上から、木村伊兵衛は手持ちカメラで、
夕暮れのパリを切り取った。

遠くに、透き通ったシルエットでまぼろしのように立っているエッフェル塔が幻想的。

手前の横断歩道。
コンコルド広場のメトロの駅へと、家路を急ぐ人たちだろうか、
その動きのあるシルエットが印象的である。

それと対照的に、三角頭のオベリスクは、3000年の歴史と威厳を漂わせて、
存在感を感じさせる。

つまらない説明をしてしまったけれど、
何も説明もキャプションも必要ない、木村伊兵衛コンコルド広場である。