遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ベニスに死す/ルキノ・ヴィスコンティ

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ベニスに死す

1971年/イタリア・フランス/135分
原作:トーマス・マン
制作・監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:ヴィスコンティニコラ・バダルッコ
撮影:パスクァーレ・デ・サンティス
音楽:グスタフ・マーラー
美術:フェルディナンド・スカルフィオッティ

キャスト
アッシェンバッハ:ダーク・ボガード
タッジオの母:シルバーナ・マンガーノ
タッジオ:ビヨルン・アンドレセン


今年のゴールデン・ウィークは、私が選んだ借りてきたDVDはどれも今ひとつ不作。
唯一の例外が、「ベニスに死す」。
このルキノ・ヴィスコンティの名作を、はじめて鑑賞した。

静養でベニスを訪れた作曲家アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)。
彼を乗せた船が、リド島にゆっくり波間を進んでいく。
その船の名が「エスメラルダ」。
柔らかなベニスの風景の中を、エスメラルダ号がマーラーの5番アダージェットと同調して滑って行く。

この冒頭のシーンだけで、ヴィスコンティの1本勝ち。
ベニスとエスメラルダとマーラーとダーク・ボガードを、ルキノ・ヴィスコンティが撮る。
美の極致を集成するだけの簡単な行為「反則ワザ」、でも真似できない高い格調。

高級ホテルリドで静養中でも、夕食には正装で出かけるアッシェンバッハ。
サロンで夕食を待つ間、多くの宿泊客が歓談しているなかに独りで周辺を睥睨する作曲家。
その中にある一家に目を留める。いや、奪われる。

母親(シルバーナ・マンガーノ)と子ども4人、3人姉妹と美少年(ビヨルン・アンドレセン)。
美しい母親と美しい少年と3姉妹の一家は、各自のコスチュームもトータルコーディネイトされていて、
伝統あるヨーロッパの高貴な方々は、かくも上品なのかと恐れ入る。ヴィスコンティの趣味のよさ。

トーマスマンの原作「ベニスに死す」は、作家が主人公だという。
しかし、ヴィスコンティは音楽家を主人公にした。
アッシェンバッハは、マーラーをイメージした主人公という。
何だか難解な芸術論を戦わせる2人の音楽家が、回想シーンに登場するが、
ベニスでの作曲家の目の前には、ホテルのピアノで「エリーゼのために」を右手だけで弾く美少年。

娼婦の館のエスメラルダ(冒頭の船の名前と同じ)という娘に通い続けた主人公の作曲家。
エスメラルダの演奏する「エリーゼのために」と美少年の右手の演奏がクロスオーバーする。
難解な芸術論も陳腐で色褪せる、少年と娼婦の演奏するピアノ。

美しいベニスの海岸で、ひと夏を過ごしたような気分になる作品である。