遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

カナダのトルドー首相が自ら希望して、G7最終日にあらためて原爆資料館を訪れていた

先月開催されたG7広島サミット初日に各国首脳が原爆資料館を視察しました。しかし、首脳たちの芳名録への記帳を含めて1時間足らずのごく短い時間だったことで、日本政府が仕組んだ中身空っぽの平和セレモニーだったことが露見していました。

しかも前もって資料は展示替えになっていたようで、バイデンに配慮したと言えば聞こえはいいが、核廃止や核兵器廃絶などの考えなど日本政府にはなく、あわよくば、原発を推進し続けていればいつか「核を作れる、核を持てる」可能性があると思い込んでいる節があるようです。

今さらの話ですが、原発は電気を作るものですがその安っぽいベールの奥に「自国製の核兵器」が透けて見えることを知っておく必要があります。

サミットが終わってしばらくした先週(6月8日)に、「カナダのトルドー首相が自ら希望して、G7最終日にあらためて原爆資料館を訪れていた」というニュースがひっそりと流れました。

全首脳が原爆資料館を訪れた時、トルドーはどう感じたんだろう、メルケル首相がまだ在任中で視察できていたらどのように感じただろうと思っていましたから、トルドーが資料館を再訪したというニュースを目にして、彼ならではの行動だなと私は思いました。

トルドー首相の父親もカナダの首相でしたが、日本のように同じ選挙区で出馬していないし、党内の予備選を勝ち抜いて国会議員になっていますので、日本の世襲議員とは全く別物です。成熟した有権者がいる国では、「親の七光り」はかえってハンデを背負った選挙戦になろうかと思います。

トルドーが再訪して何を思ったかは、また知る機会もあるだろうかと思いますが、G7の初日に原爆資料館で芳名録に記した言葉だけでもここに紹介したいと思います。

多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛なる弔慰と敬意を表します。あなたの体験は、我々の心に永遠に刻まれることでしょう

私たち日本は、いつかこのようなリーダーを持つことがいつかできるのだろうかと、感慨深いニュースでありました。

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