遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

直木賞受賞作 千早茜の「しろがねの葉」の間歩で心身ともに濡れる

しろがねの葉      千早 茜  新潮社

戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山
天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。
しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。
生きることの官能を描き切った新境地にして渾身の大河長篇!

本書の最初の数十頁を読んだだけだった時期に、ランチ仲間にしろがねの葉は面白い!と断言してしまった私。

生まれた村を追われ、一家離散になり遠くまでひとり逃げてきた少女ウメは、夜目が利く特殊能力を買われ、銀山の山師喜兵衛に拾われます。

本作冒頭に登場する、少女ウメと雇用主で親代わりになる喜兵衛がとても魅力のある人物で、石見銀山にこの二人を置いたシチュエーションそれだけで、私は本作の虜になってしまいました。

暗闇の間歩(まぶ:採掘のための坑道)の中で、手子(てこ:雑用係)からスタートしたウメの人生のすべてがここにあり、「ある女の一生」小説であります。

男の世界で生きていく女を男性作家が描けば、ウメのような人物造形ができただろうかと考えた時に、可能だろうが読み手に批判されるかもしれないというウメの一生でありました。

時代は戦国時代の末期で、舞台は石見銀山ですが、それを事前に知っていたら、あまり興味がわかなさそうな設定だとして本書を手に取らなかったかもしれません。世界遺産に選定された以降も、石見銀山に何の魅力も感じていませんでしたから。

そんな興味の薄い時代と舞台をこんなに魅力的に読ませるなんて、著者の千早茜直木賞を受賞し得るしかるべき腕力と胆力の持ち主だと思い知りました。

千早はデビュー作「魚神(いおがみ)」(2008年)で小説すばる新人賞泉鏡花文学賞をダブル受賞しましたが、その後、現代を舞台とした恋愛小説を中心とした作家活動をしていたそうで、本作は初めて書いた歴史小説だったようです。

「しろがねの葉」のもう一人の主人公、山師の喜兵衛は、坑夫として自ら間歩に入ることはしませんが、鉱脈を探し当てる専門家にして銀生産プロデューサー的存在で、同じように著者も、小説のテーマを探し当てるのに長けた人なんだろうと勝手に想像してしまいました。

ウメの周辺に出没する少なくない男と女がとてもユニークで、各々の共通の接点は主人公のウメとシルバーラッシュに沸く石見の山なのですが、戦国から江戸に時代が変わる狭間で、活き活きとした忘れがたい魅力たっぷりの男女が生まれて愛して死んでいくのでした。

本作が直木賞候補になった時点で、とりあえず図書館に予約を入れておき(それでも20人くらいの待ち行列)、直木賞を受賞したのちに図書館の本書が15冊くらいに買い増されたので、比較的早く手元に回ってきたので読み始めたのでした(現在、行列は120人を超えています)。

私の読書経験から逸脱しない痛快な「ほぼ偶然に出会った一冊」でしたが、とてもいい出会いでありました。

石見銀山とその周辺にも興味を持ち始めたきょうこの頃でありました。

 

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