遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

戦争にいかないために選挙にいくんだ。

 

参院選は第3コーナーを回っていよいよゴール前の直線にさしかかりました。当落線上にいる候補者はもとより、先行逃げ切り態勢にある候補者もここからは名前を連呼するだけのうるさい追い込みになってきました。

もう政策とか公約とか関係ない状態になっていることに、なんだか空しくなってくる国政選挙です。

選挙前の参院予算委員会を見ていたら、今回改選になる予定候補者たちが質問に立っているケースが多く目につきましたが、自民党の誰だったか一見若い女性議員を見ていると、掛け値なしの無能だと思ったのですが、こういうのがまた国会に帰ってくるのでしょうね。うんざりというか、もうどうでもいいわという感想しか出てこないわけです。

私は今なら立憲民主党の支持者で共産党の支持者ではありませんが、共産党の田村智子や大門実紀史や山添拓が国会へ戻ってこなかったとしたら、いろいろ大変だなあと思います。

立憲民主党はこの選挙結果としてどうなるのか見ものですが、ゴールを目指してラストスパートをかけてほしいものです。

TOMINAGA, Kyoko @nomikaishiyouze
こっちは若者(若者に限らずだけど)の政治離れとか選挙に無関心な人々とか勝手に言ってるけど,向こうから見たらなんでいちいち投票行くのか判らないし政治に関心持つ方が不思議みたいな感覚もあるのかも。完全に向こうの目線には立てないけど、こうするのが当然みたいな前提に立たない言葉も作りたい

立命館の富永京子先生の上のTwitterは、なかなか思うところがあります。

私は、若いころから政治や社会運動などに感心を持っていましたが、政治信条の近い妻や一部の友人以外とはあまり政治的発言はしなかったし、自分の子どもたちには政治的には放置したままにしていました。

その結果娘たちは、例えば安倍晋三麻生太郎に虫唾が走るみたいなことは言いますが、ひょっとしたら維新の会に投票している可能性もあります(たぶんないと思いますけど...)。

私の完コピみたいな人間になったら、娘たちの人生は息苦しくなりそうなので、あまり政治的人間に育てなかったところがあります。

娘たちが、完璧に自立できる社会的強者になれそうな人間だったら、政治や社会運動のエッセンスを多めに注入していたでしょうが、うまく世渡りしていってほしいので半ば放置していました。

放置していても、親が立派ならそれを見習う生き方もできたのでしょうが、私たちは立派でもなんでもないので普通の人間になりました。人を騙したり差別したりすることはない程度の普通の人間になりました。

娘に限らず今の若い人(40歳以下)たちは、今の日本をどのように見ているのでしょうか。

縦社会に組み込まれて自分の立ち位置を確保するのに汲々としていて、政権がどうのこうのと考える余裕はなく、今より悪くなる変化を嫌っているのでしょうか。

そのことも「政治に無関心」という要素のひとつなんだろうと思うのですが、今の政権政府の無能さを放置していると、給与は上がらず税金負担は重いままで、そのくせ行政サービスは交代し続けていって、憲法を改正して人権を奪われてしまう可能性があることを知っておくべきだと思います。

ということで、若い人たちにまずは選挙に行ってほしいのですが、そのうち選挙自体がなくなるかもしれませんので、今のうちに選挙に行きましょう。できれば、立憲か共産かれいわか社民の候補者に投票しましょう。戦争に行かないために。