遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

力づくで取り上げた運転免許

イメージ 1


本日の朝日新聞「声」欄から。横断歩道で歩行者をはねた父親に対した力づくの措置。
〈最後にとった手段は、力ずくで免許証とキーを取り上げ、車を売ることだった。それでも父は新車を購入しようとした。「申し訳ないが、あなたに車は売れない」と販売店が対応してくれたので助かった〉

私の知り合いの父親は、認知症になって徘徊するようになった。二人暮らしの母親はフォローしきれなかったという。ある時、車に乗ってどこかへ出かけたまま行方知れずになったという。

さいわいにも、数時間後に警察から連絡があり父親を保護したという。父親が運転していた車は路肩にエンジンをかけたままライトも点けたまま乗り捨ててあったという。

知人は、その当事者の息子だったが、警察にこっぴどく叱られたという。母親は車のキーを隠していたようなのだが、父親はキーを探し出したようだった。その直後に、知人は車を廃車した。

これは、極端なケースだが、知人は思い出しただけで冷や汗が出る出来事だったという。

朝日の投稿者のお父さんは実際に事故を起こしていたにもかかわらず、運転を続けていたようだから、「力づくで免許とキーを取り上げた」ことは仕方のないことだっただろう。

車の安全装置がどれだけ有効かはわからないが、例えば75歳以上が運転する車には安全装置の装備を義務付けるべきだと思う。

また、私は家族や知人には、交差点や歩道では車や自転車に気を付けるように言っている。私はウォーキングを始めてから、普段でもできる限り車道から離れて歩いたり、信号待ちの時も何か頑丈な障害物や大きな樹木などを盾に、交差点からできるだけ離れた位置で車の動きを注視するようになった。

ながらスマホやイヤホンもダメだとも言っている。歩行者として、少しでもリスクを軽減するように身近の大切な人たちに注意を促している。

運転者としても、交差点や狭い道路などでは徐行運転を励行し、歩行者や自転車乗りの保護に心がけている。あと何年車に乗れるだろうと、そのことも意識して車を運転している。