遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

東大卒貧困ワーカー/中沢彰吾

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東大卒貧困ワーカー   中沢 彰吾  (著)   新潮新書

私の比較的最近の読書レビューの中で、「日本の闇」を扱った書籍はざっと以下の通り。

日本会議の研究  菅野 完  (著) 

ルポ ニッポン絶望工場  出井 康博  (著) 

会社人間だった父と偽装請負だった僕―さようならニッポン株式会社 赤澤 竜也(著)

原発ホワイトアウト  若杉 冽  (著)

潜入ルポ アマゾン・ドット・コム 横田 増生  (著)

今回、それに追加して「東大卒貧困ワーカー」という新書のご紹介。

著者は元毎日放送(大阪)のアナウンサー中沢彰吾。聞き覚えない名前だなあとググってみたら本名が鎌田正明だった。彼ならよ~く知っている。

彼は現在61歳、アナウンサー時代は東大卒というのがうなずけるクールな好青年で、その後アナウンサー部から報道の記者に転身したところまで知っていたが、家族の介護のため毎日放送を退社していた。

その後、食うためにか書くためにかアルバイトや短期の派遣業に従事しているようだが、まさに現場を見てきたライターが書いた一冊である。


本書には企業の実名が出てくるし、各社の60歳近いおじさん派遣ワーカーへの接し方がよくわかる。ジェントルマンの筆者だから、派遣先や雇い主との喧嘩シーンがないのが残念。私なら相手が誰だろうが、うまい啖呵は切れないが大声で恫喝して帰ってくるだろう。

しかし筆者は、ジェントルマンである前にライターなのだからその後の取材に支障があってはそれこそ食えないし、そもそも本書を上梓できないので、じっと我慢をしてクビにされることを重ねてきた。

正社員を雇わない企業やそれに巣食う人材派遣業や経産省厚労省などの官民による若者いじめや弱い者いじめが、手に取るように分る。もっとドロドロとした筆致で、こいつらの狼藉ぶりを描いてほしいとも思うが、とにかく血圧が上がるところが随所に出てくる。

東京都の生活保護について中沢が紹介してくれている。60代の夫婦で、年220万円の給付がある。その他、医療費ゼロ、国民年金料免除、上下水道料減免、各種税金免除、公共交通機のただ券などの特典を金額ベースに引き直すと、年収が260万円見当になるという。

この年収260万円を、働いて得たとした時間給に引き直すと約1300円になる。日本でもっとも高い最賃が東京都の932円。

この現実をどう思うか。最賃以下の仕事、時間給にして400円級の仕事のことも本書で紹介してくれているが、せめて日本中の最賃が東京都の生活保護クラスの1300円になれば暗黒の国がグレー色の国くらいにはなるのではなかろうか。

未曾有の貧困ワーカーを生み出すことによって、日本経済は破壊されていることをどれだけの人間が気付いているのか。それは経済だけではなく国そのものを破壊し続けていることも、本書によって気づかされるだろう。