黒い氷 オーサ・ラーソン 松下祥子 (訳) ハヤカワ・ミステリ文庫
スウェーデンのミステリ小説「黒い氷」のご紹介。
1966年生まれのスウェーデンの元弁護士の女性作家オーサ・ラーソンの、「オーロラの向こう側」「赤い夏の日」に続く第3弾がこの「黒い氷」。主人公は作者の分身ともいえるスウェーデンはキールナ生まれの女性弁護士レベッカ。
物語は大きくは3つの流れがある。
1作目と2作目の本シリーズで心も体もずたずたになり、ストックホルムの弁護士事務所を辞めて故郷のキールナに帰ってきたレベッカ。乞われて故郷で検事の職に就いた矢先に殺人事件が発生する。レベッカは、生々しい現場から一歩退いたポジションで事件解決のために捜査に加わることになる。過去の傷跡と闘いながら、故郷の温かさに癒され、辞めた弁護士事務所の上司への恋慕を振り払いながら、事件の調査を進めていく。
厳寒の現場は、このシリーズの常連アンナ=マリア警部とスヴェン=エリック警部が一手に引き受けてくれる。彼女たちは、レベッカの出しゃばらないけど核心をついた捜査に関する助言や綿密な調査結果に導かれて捜査を進めていく。ママさん警部のアンナの、寝食を忘れての犯人検挙にかけるバイタリティは相変わらず痛快である。
3つ目の大きな流れが、殺人事件の被害者とその関連企業の来し方と行く末。マウリ・カリスという成り上がりの社長と、彼の取り巻きたちと、彼の所有する大企業の大河ドラマのような物語。真っ当なやり方では成り上がれなかったし、利権を求めて企業の将来を形作っていこうとするカリス社長たちの静かな暗躍が描かれている。
3つの流れは、それぞれの現在と過去という時制を持ちながら渦巻くように進んでいくので、読みごたえはしっかりと在る。ライトノベルに慣れ親しんだ読者なら、ゆったり進展する物語や、絶え間ない時制の入り繰りのある複雑さには閉口するかもしれない。でもこの重厚感が魅力的なのである。それぞれの流れは、最後には予想外の急展開の様相を呈してくる。
寒い国の寒い季節の、ハードボイルドで、ロマンチックな物語であった。