遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

目くらましの道/ヘニング・マンケル

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目くらましの道 (上・下) ヘニング・マンケル  柳沢由実子 (訳)  (創元推理文庫)  
   
《夏の休暇を楽しみに待つヴァランダー警部。そんな平和な夏の始まりは、一本の電話でくつがえされた。呼ばれて行った先の菜の花畑で、少女が焼身自殺。目の前で少女が燃えるのを見たショックに追い打ちをかけるように、事件発生の通報が入った。殺されたのは元法務大臣。背中を斧で割られ、頭皮の一部を髪の毛ごと剥ぎ取られていた。CWA賞受賞作、スウェーデン警察小説の金字塔。CWAゴールドダガー受賞作。》
 
ヴァランダー警部シリーズ、第1作の「殺人者の顔」から、「リガの犬たち」「白い雌ライオン」「笑う男」と続き、第5作「目くらましの道」のご紹介。
 
ヴァーランダーは、スコーネ地方の、イースタという町の警察署の警部。スコーネ地方は、スウェーデンの最南端にあり、真西には海上に渡された橋でつながったデンマークコペンハーゲンが位置している。私の周辺女子は、4月に子どもを親に預けて旦那とここを訪れたらしい。うらやましい。
 
本作は、初夏のスコーネ地方で起きた連続殺人事件の捜査物語。
ヴァーランダーは、「リガの犬たち」でラトヴィアの捜査官の妻で未亡人になってしまい、以来遠距離交際を続けているバイバ・リエパとの夏の休暇を予定していたのだが、大きな事件に遭遇してしまった。しかも連続殺人である。
事件は、数日後に「夏至の日」の祝日をひかえた6月21日に勃発した。バリバとのデンマークでの夏休みは7月8日から予定されている。
上下2冊の本作は、なかなか事件が解決しないことは分かりつつも、私は、ヴァーランダーがバリバと休暇を過ごせるのか、気をもんでいた。また、事件が解決する確信もないのに、バリバに電話をしないヴァーランダーの心理状態ってそれ何?と、それにも気にもんでいた。
 
法務大臣が殺されてから、第二の殺人、第三の殺人が短い期間に続発し、死体の「ある状態」から、犯人は同一人物だと確信できる。
同時に、菜の花畑で焼身自殺した少女の死に遭遇したヴァーランダーは、その少女の身元も突き止めなければならない。
認知症が進んできた父親が錯乱状態になり、死ぬまでに一度行きたかったというイタリア旅行を父と二人きりですることを約束する。
作者はいろんなことを主人公に押し付ける、と同時に、読み手にも同じものを押し付けてくる。
 
捜査が少し行き詰まると、ヴァランダーは自分を育ててくれたなき先輩を思い浮かべ、彼の声なき声を聞く。そして、部下の若い女子警官アン=ブリット・フーグルンドに自分の考えを伝え、彼女の意見を訊く。
私は、このママ警官のフーグルンドが大好きで、ヴァーランダーも彼女を署内の唯一の相談相手と認知している。自分の部屋に呼び、車の助手席に乗せ、家に電話をし、ことあるごとに話をし、捜査を組み立てて、目くらましの道を脱出していく。
 
菜の花畑で焼身自殺をした少女と、元法務大臣をはじめとする連続殺人の被害者たちは、スウェーデンの巨悪や闇社会を象徴している。ヘニング・マンケルは、このシリーズでいつも同じスタンスをとり続ける愛国者なのである。

「夏って、きれいねえ」リンダが言った。
「ああ。ほんとうにきれいだ」ヴァアランダーが答えた。
 
ヴァーランダー親子の、つかのまの夏を迎えた印象的な会話である。スコーネに行ってみたい。