遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

マダックスVS松坂大輔

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松坂大輔がサンディエゴはペトコ・パークで

グレッグ・マダックスと投げあった。


私は、ノーラン・ライアン(引退)と、グレッグ・マダックスの大ファンであり、

松坂にも大リーグ一のピッチャーになってもらいたいから、

土曜日のレッドソックスパドレス戦は、

ハラハラドキドキしながら観戦した。

しかし、こんなに素晴らしいカードは、嬉しくて嬉しくて子どもに帰ってしまう。


子どものころからあこがれていた。レ軍入りへ向けた渡米前、

松坂は「(ノーラン)ライアンとマダックスを合わせた投手になりたい」

と理想像を口にした。

160キロの剛速球でノーヒットノーランを7度もマークしたライアンと、

打たせて取るお手本のようなマダックスは特別な存在だ。

そんな、登板した試合のビデオをコレクションしていたヒーローが次の対戦相手になる。



と試合前に、松坂もマダックスが憧れの大選手だと紹介される。



41歳のマダックスは、下半身が貧弱に見えるくらいにお腹が出てきてはいるが、

相変わらずの「精密機械」ぶりを発揮して、

ピッチングのスマートさにかけては、さすがに一日の長がある。



松坂が落ち着きのない立ち上がりだったのと対照的に、

マダックスは落ち着いたマウンド捌きであった。

ただ、彼は若い頃から実にゆったりと落ち着いたピッチャーで、

一時期メガネをかけていたせいもあるが、大学教授のような風格があった。



いま、和製マダックスになって欲しいのが、

桑田真澄である。

良くぞ怪我を克服して、早く帰ってきてくれた。

少しでも長くMLBにとどまって活躍して欲しいと願う。


そしてそして、桑田に続く和製マダックスも私の中ではもう決まっている。


早稲田のハンカチ王子佑ちゃんである。

彼のピッチングスタイルや風格はその資格に十分である、

ケガや故障なく大きく育ってもらいたいものである。



今回は、松坂に軍配が上がったが、

リーグが違うしマダックスの衰えも加速するだろうし、

もう対戦することはそんなに叶わないだろう。


私は、二人が同じマウンドに立ったこの試合を長く忘れないであろう。




グレッグ・マダックス 
1966年4月14日、米テキサス州生まれ。41歳。
84年ドラフト2巡目でカブスに指名され、86年に大リーグデビュー。
93年にブレーブス移籍、04年カ軍復帰。ドジャースを経て、07年にパドレスと契約。
サークルチェンジツーシームが武器。サイ・ヤング賞4回、最優秀防御率4回、最多勝3回。
17年連続15勝以上はメジャー記録。通算339勝206敗、通算防御率3.08。
183センチ、82キロ。右投右打。