遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

是枝裕和の3本のドキュメンタリー

イメージ 1

カンヌ映画祭パルムドールを獲得した是枝裕和監督の「万引き家族」が全国ロードショー公開された。

それにちなんで、日本映画専門チャンネルで、是枝裕和のドキュメンタリーが放送された。

それらは、是枝がテレビマンユニオンにいた時代にフジテレビ用に作ったドキュメンタリーで、1962年生まれの彼の30歳前後のころの作品。その3本をすべて録画していたのを、一気に鑑賞した。

その優れた作品リストは以下のとおり。
「しかし… 福祉切り捨ての時代に」(1991年)
「もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録」(1991年)
「彼のいない八月が」(1994年)

「しかし… 福祉切り捨ての時代に」は、1990年に自殺した環境省の官僚を追ったドキュメンタリー。その官僚は、山内豊徳という方で、東大法学部を卒業して、上級国家公務員受験者99人中2番の成績ながら、大蔵省(現財務省)には入らず、福祉行政をやりたくて当時の厚生省に入省した。

元々小説家志望だった山内は、常に「しかし…」と心で自問自答して生きてきたのだが、環境庁に回され「水俣訴訟」の国側の責任者に充てられ、国として和解に応じない姿勢で水俣病患者やメディアに対峙した。水俣患者寄りの北川環境庁長官と国の財政の観点から和解勧告を忌避せよという大蔵省出身の事務次官の板挟みになり自らの命を絶った山内。

ドキュメンタリーは山内の死後から始まるが、彼の妻や同級生や評論家などの証言やインタビューを通して、静謐なひとりの官僚の自死と貧弱な日本の福祉行政を浮き彫りにする。

この作品を20代で仕上げた是枝。ここに彼の原点を見た、素晴らしい作品だった。


「もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録」は、授業の時間割も通知表もない長野のある小学校の「春組」というクラスの3年から5年までの3年間を描いたもの。

このクラスの中心にいるのが「ローラ」という名のメスの乳牛。ローラを飼育することを通して、例えばローラの食費が1年でいくら必要かという算数を学び、種付けをして子牛が生まれることを知る小学生。幅広くて奥行きのある先生と生徒たちが作る3年間の空間が55分にまとめられた作品。

子どもたちと動物を主人公にして面白くないわけがないのだが、物言わぬローラではなく、言葉を持った子供たちの生き生きとした姿に感動する。


「彼のいない八月が」は、39歳でエイズで亡くなった男性の日常を追いかけた作品。その男性はゲイで、日本で初めて性交渉によるエイズ感染を公表した方で、カメラとスタッフが自宅と病院に何度も通って彼と語って作り上げた作品。男性は、やがてウィルスにより視力を失い肺を犯されて亡くなっていく。

主人公は「是枝さん!」とかスタッフに呼び掛けたり、撮影クルーの楽屋裏まで映像にしているところが面白い。1時間30分がさほど長く感じなかったが、私の年齢でこれを見ていると、身につまされてしんどくなってくる内容でもあった。