遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

想田和弘の観察映画「選挙」

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日本映画専門チャンネルで放送された、想田和弘監督のドキュメンタリー映画「選挙」(2007年)を録画して鑑賞。

かつて、まだ想田和弘の存在を全く認識していないころ、おそらく同じチャンネルでこの「選挙」の途中部分をほんの10分ほど断片的に見たことがある。その時は、いつか全編見るときのためにと、すぐに鑑賞を切り上げた。その10分間に、私とフィットするいいドキュメンタリーだとの肌触りを得ていた。

主人公は、40歳で初めて選挙に出馬した男。

川崎市宮前区の市会議員補欠選挙自民党の公募による公認で、新人候補者として出馬したのが、山さんこと山内和彦だった。時は2005年秋。小泉純一郎が首相を務める自民党の黄金時代で、山さんにも順風の風が吹いていた。

想田はその山さんの選挙活動を密着取材する。想田が担いだカメラは、選挙事務所、駅頭、街頭、山さんの自宅、山さんの軽自動車の後部座席などに侵入し、選挙活動の一部始終を映像化する。

編集された映画は、ナレーションや音楽を一切排除し、カメラが拾った音声と映像だけで構成される。

川崎市の宮前区の自民党の選挙活動のほぼすべてがここにある。百戦錬磨の選挙屋さんたち、つまり、地元選出の国会議員、県会議員、市会議員をはじめ、選挙事務所に出没する党員らしきベテラン男女や、あらゆる組織に組み込まれている後援会や、選挙中に雇われたウグイス嬢や選挙運動員が総力戦で選挙を戦う。

川崎市議の補欠選と同時に、参議院補欠選挙川崎市市長選挙が同時に進行していて、小泉首相の地元でもある自民党神奈川の選挙戦の熱いうねりは初心者の山さんにも伝わってくるような来ないような。ただ、党の選挙シナリオ通りに彼は選挙活動をこなしていく。

山さんの奥さんも、年休を取って「候補者の家内でございます」と、方々で頭を下げて歩く。ただし、夫婦ふたりきりになると党への不満が口をついて出てくる。

私も選挙を手伝ったことがあるが、川崎市でなくても、自民党でなくても、昭和の選挙戦は山さんが初体験したものとみな同じだった。そして、世は平成になり21世紀になりインターネットが発達し電気自動車やリニアモーターカーが走ろうとも、日本の選挙は戦後続いてきた伝統のままである。

日本政治は選挙だということを、この作品で想田和弘と山さんが身をもって証明してくれる。そのことを知っていても知らなくても、この作品は面白い。

それにしても、山さんと奥さんは善良なる市民で、とても麗しい主人公たちであった。本作は、世界各国の映画祭などで上映されたようだが、主人公夫婦の善良さは普遍的なものとして受け入れられたと思うしだいである。(「選挙2」に続く。)