遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

乳と卵(ちちとらん)/川上未映子

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乳と卵  川上 未映子  (文春文庫) 

川上未映子エッセイや雑文や最新刊の村上春樹との対談本は読んだことがあったが、小説を読むのは初体験。彼女が出演したテレビも何度か見ているので、声も顔も姿も話し方も好きだが、小説も好きになった。

ウィキペディアには「関西弁を用いたリズムある文体が特徴で、自我をテーマとした作品が多い。」と紹介されている。きょう、文庫「乳と卵」を読み終えたばかりの私はその「文体」のところが一瞬「女体」に見違えた。

「乳と卵(ちちとらん)」は、2007年下半期の芥川賞受賞作で、当時川上は31歳。

村上春樹との対談本「みみずくは黄昏に飛びたつ」を読んだ際に、本作の文体を村上春樹が認めるくだりがあって、それで読もうと決めていた。「乳と卵」は原稿用紙128枚、文庫にすると100頁足らずの短編で、本書はもう一遍「あなたたちの恋愛は瀕死」という30頁余りの短編小説も収められている。

「乳と卵」の語り役(大阪生まれで東京暮らしの女)が夏子。その姉の巻子と娘の緑子が夏休みに東京にやってきて、夏子のアパートに2泊3日して帰っていくという、短い夏物語。

大阪でホステスをして、シングルマザーとして緑子を育てている巻子(39歳)は、東京で豊胸手術をするという強い希望がある。エキセントリックな母を持つ、もうすぐ初潮を迎えようかという緑子は、大げんかの末母親とは一切口を利かず短い文章での「筆談」だけのコミュニケーション方法しか持たない。

叔母の夏子に対しても、同じく筆談で話すだけ。

さて、この姉妹と母娘のスクランブル3人女が、東京のアパートの一室での2泊3日でどのような化学変化をきたすのか。

緑子は、筆談用のノートと、日記のような創作ノートを書くことも習慣化しており、本作の中で夏子のひとり語りの狭間にたびたび〇付きで緑子の文章が登場する。母のこと、成長期に変化していく自分の心や体のこと、二人暮らしの家庭の現在と未来のことなどを緑子は川上未映子の文体を借りて(その逆か?)書き綴る。

川上が操る大阪ことばは、お笑いだけでなく女3人の哀切や憤怒をこうも直接的に表現できる長所があるのかと思わずにはおれない。しかも、なぜか希望が失せないパワーやユーモアも秘めている。

短くてバネの効いた「つゆだく」な秀作であった。