遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

お早よう/小津安二郎

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お早よう
監督 小津安二郎(57)
脚本 野田高梧(65)、小津安二郎
音楽 黛敏郎(30)
出演者
福井平一郎 -佐田啓二(32)
有田節子 -久我美子(28)
林敬太郎 - 笠智衆(55)
民子 - 三宅邦子 (大映)(42)
原口きく江 - 杉村春子 (文学座)(53)
林実 - 設楽幸嗣(13) 
勇 - 島津雅彦 (若草)(6)
丸山みどり - 泉京子(22)
大久保しげ - 高橋とよ(57)
福井加代子 - 沢村貞子(52)
福沢汎 - 東野英治郎 (俳優座)(53)
とよ子 - 長岡輝子 (文学座)(51)
原口みつ江 - 三好栄子 (東宝)(65)
辰造 - 田中春男 (東宝)(47)
丸山明 - 大泉滉(34)
伊藤先生 - 須賀不二夫(39)
押売りの男 - 殿山泰司(45)
 同 仲間」-佐竹明夫(33)
おでんやの女房 - 櫻むつ子(38)
公開 1959年5月12日  上映時間 94分

小津安二郎の「彼岸花」に続くカラー作品第2弾「お早よう」のご紹介。NHKBSでデジタルリマスター版が放送され、それを録画鑑賞。

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1 ドラマの舞台となる東京の新興住宅街。高い堤防のそばに建てられた、同じ形の平屋群が並ぶ住宅街。酔っぱらった東野英治郎が自宅を間違えるシーンもあった。この住宅群は映画のためのセットだそうで、緑のトタンの屋根の庇が鮮やかでカラー作品らしい。ただしトタンはも少し丁寧に葺(ふ)いてほしかったな。土手の上を通学する主人公たちが見える。

2 主人公たちの一家。あるじが笠智衆、その妻が三宅邦子、一緒に暮らすその妹がチャーミングな久我美子。他に子どもたちが二人いて、平屋の狭そうな家に5人が暮らす。当時の東京の住宅事情は、こんなものか。彼らはまだ恵まれた方なのだろう。

3 主人公一家の子どもたちと、彼らの英語に英語を教える知り合いのお兄さん佐田啓二。兄弟はおそろいのセーターでこざっぱりしていて、私が育った田舎の少年たちとは一線を画す。「東京だなあ」である。佐田啓二が首に巻いているのはマフラーならぬセーターで、その上からコートを着ている。当時の人はそんな着こなしをしたのだろうかと、可笑しかった。

4 朝のプラットホームで偶然出会った久我と佐田。「おはよう」「いい天気ですね」みたいな会話で終始する。佐田は久我に思いを寄せているが、失業中の身の上では思いを告白もできないでいる。なので、あいさつと天候の話で社交辞令から一歩も踏み出せないままの二人の朝なのである。

本作は、笠・三宅一家と、新興住宅街に住む奥さんたち杉村春子長岡輝子たちの日常を描いた小品。時代は高度成長期に向かう50年代最後の年。近所で洗濯機を買えばその話が広まり、テレビのある家には番組を見に子どもたちが集まる。このような日常を、本作公開当時5歳の私はオンタイムで経験してきた。

主人公の子どもたちは、テレビが欲しくてほしくて、両親にねだるが聞き入れてもらえない。私もその気持ちがとてもよくわかる。ちょうどこのころ、我が家にはテレビが入ってきた。まだ冷蔵庫も洗濯機もないのに、おんぼろハウスにテレビだけが輝いていた。でもそのおんぼろハウスがバラ色に変わったような気がした。

本作は、結婚式も葬式シーンもない、争い事も不幸の涙もない。言わば、サザエさんで展開されるようなエピソードがコミカルに描かれた小津作品である。

お愛想でもいいので、「おはよう」「いい天気ですねえ」「寒くなりましたね」とあいさつして、気持ちを相手と近づけていく作業を怠らないようにしたいものだなと反省したしだいである。ではまた。