監督 成瀬巳喜男
脚本 田中澄江、井出俊郎
原作 林芙美子
音楽 早坂文雄
撮影 玉井正夫
公開 1951年11月23日 上映時間 97分
会話といえば「腹減った」くらいのことしか言わない平凡な会社勤めの夫。その男の「めし」ばかり作っていると不満に思っている妻。
そんな平凡な暮らしをしているところに、家出をして東京からやってきた夫の姪(島崎雪子)が居候を始める。姪は夫に恋慕の情を抱いていて、3人が同じ屋根の下に暮らしているうちに、平凡な夫婦の間に波風が立ち始める。
女の幸せはこんなものじゃないと、一念発起して妻は東京に戻り、実家に身を寄せながら将来について考え始める。作品中盤から、東京に舞台を移し、成瀬己喜男版の原節子主演「東京物語」に変身していく。ただし、原節子は自立を目指しており、夫に三下り半を突きつけることまで想定した未来を見据えているところが、小津の「東京物語」とはまるで別物なのである。
出演者を見れば、女性が目立つ作品で、若い島崎や杉洋子から、すでに大御所的存在の杉村春子や長岡輝子まで、妻原節子の周辺には戦後のはつらつとした様々な女性が、「彼女たちなり」の自立を目指して生きている。成瀬己喜男の作品を見るのは3作目だが、女優を使って女を描くのが実に巧みである。
その多くの女性たちに、翻弄されたり元気づけられたりして、大阪を捨てるために東京に帰ってきた原節子は、自分の生き方を再び見つめ直すのである。
また、夫以外の男たちを見つめれば、のんびりとした生活感のない心の貧しい男たちと、しっかり生きているけれど遊び心のない冷たい心の男たちの双方が存在していて、そのどちらでもない平凡な夫を見直し始めるのである。
林芙美子の原作はどんなテーマなのかは知らないが、「倦怠」とその裏腹の「退屈な幸せ」を、原節子を起用して巧みに描かれていて、この作品を見ることができたら(公開直前に逝去)、林芙美子は満足しただろうと思う。
平凡な心に染み入るしみじみとした良い作品だった。当時の大阪の風景も楽しかった。