遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

蟻の兵隊/池谷薫

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監督  池谷薫 
出演者 奥村和一
公開 2006年7月22日  上映時間 101分

戦後70年特集として、チャンネルNECOで放送された2006年公開のドキュメンタリー映画蟻の兵隊」を鑑賞。

◆2006年第80回キネマ旬報ベスト・テン文化映画1位「蟻の兵隊」の概要より
“日本軍山西省残留問題”に、世界で初めて正面から斬り込んだ衝撃のドキュメンタリー。元残留兵が真相解明に孤軍奮闘する。
1945年に日本が降伏してからも武装解除を受けることなく中国に残留し、3年8ヶ月に渡って共産党軍と戦い続けた"日本軍山西省残留問題"に、世界で初めて正面から斬り込んだ衝撃のドキュメンタリー。「自分たちはなぜ残留させられたのか?」戦争の被害者であり加害者でもある元残留兵・奥村和一が、真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追う。


恥ずかしいことに、「日本軍山西省残留問題」のことをこの年齢になるまで知らなかった。
終戦時の山西省に駐留していた日本軍の澄田軍司令官(1890-1979)と山岡参謀長(1897-1959)は、中国国民党の閻錫山(えん しゃくざん1883-1960)と密約を結ぶ。 台頭してきた中国共産党と戦うために、あろうことか「ポツダム宣言」を受諾したことを秘密にして日本兵を命令により中国に残留させて共産党軍と戦わせた。北支の将兵59000人のうち2600人が残留させられた。そして澄田と山岡は、部下を残したまま1949年に日本に帰還した。

その残留兵の一人がこの映画に出演する奥村和一(1924-2011)。
奥村(画像の人物)は、中国で捕虜になったのち1954(昭和29)年に日本に帰還するが、軍人恩給を支給されないことについて、国を相手取り訴訟を起こす。
ポツダム宣言」を受諾したにもかかわらず、武装解除をしなかったことを認めたくない国・最高裁は、残留兵を「志願兵」だとして上告を棄却した。

澄田司令官は、この作品に登場する金子という将校に、2万の救援軍を連れて必ず帰ってくると言い残して、日本へ逃げ帰ったという。
蟻の兵隊」と呼ばれた彼ら残留日本兵は、恩給を求めて、そして、自分たちを騙して抑留させた日本軍の真実を明るみに出すために、裁判闘争をしたのだった。言うまでもないが、その目的の比重は後者の方がはるかに大きい。

奥村和一は、映画スタッフとともに中国の山西省へ渡り、澄田の密約の証拠探しを始める。そして思い出の地で、当時を知る中国人たちと交流し、かつての悲惨な戦争を追体験する。中国で散々狼藉を働いた日本兵たちのことを、中国人たちは軍の命令を発する日本語とともによく記憶していて、スタッフや奥村に証言する。その表情が柔らかく笑顔の人たちもいて、私たち日本人は少し救われる。

山西省公文書館に今も残る証拠資料は、密約を連想させる立派な証拠になりうるのだが、それはもう叶わない。だれも責任を取らない日本は、今に始まったことではない。この作品に描かれた不条理に怒りが何度もこみ上げる。
本作は、「ゆきゆきて、神軍」と並び称されるべき名作だと思う。同時に、永久に忘れてはならない戦争記録なのである。

本件とはまったく無関係だが、澄田司令官の長男は大蔵省の事務次官を務め、私の若いころ日銀総裁に就任した澄田智(1916-2008)である。