流 東山 彰良 (著) (講談社文庫)
まじめな高校生の主人公が大学に進学して、そこでバイトや恋愛をしながら、就活を通じて立派な社会人になり、学生時代の恋愛も成就しめでたく結婚を迎えるという物語があったとしても、それはハードボイルドでないし、直木賞も取れないだろうし、文庫化もされないだろうし、私も読まないと思う。
「流」の主人公、葉東生は台湾生まれの高校生。大学受験を目指す出来の良いまじめな男子生徒だったが、悪ガキの幼なじみとつるんでいるうちに、「お決まり」の抜き差しならない悪の道に入り込んでいく。これを安全な場所で見ているのが、つまり、小説を読むという行為なのだが、これがことのほか楽しい。
そんななか主人公の祖父が、何者かに殺される。祖父は中国大陸での日中戦争と、国民党と共産党による中国内戦を経験して、最終的に国民党と台湾にたどり着いた筋金入りの元戦士。台湾で生地屋を経営する祖父は、経済的にも自立し孫にあたる主人公の世代までの葉ファミリーを築き上げていた。
葉ファミリーの一番若い主人公は、ファミリーすべてのまなざしと思いやりの光を浴びてすくすくと育ってきたのだが、祖父の殺害されている現場に遭遇し、祖父やファミリーの来し方に思いをはせるとともに、犯人捜しと自分探しのための紆余曲折のある人生を歩み始める。
著者東山彰良は、台湾生まれで、彼の祖父は中国大陸は山東省出身で、抗日戦士だったそうで、物語の設定と全く同じ。ペンネーム「東山」は山東の省名を逆さまにして名付けている。そして本書の主人公は東山の等身大の若者でもあろう。
1970年代の生き馬の目を抜くような台北の雑踏や地獄のような台湾の軍隊や中国の山東省の打ち捨てられたような荒涼な大地を舞台にしつらえ、ファイヤーバード(アメ車)やドイツのモーゼル銃などの小道具をはべらせ、台湾に居住する中国大陸からの貧しくて凶暴な移民(外省人)たちや大陸に残った帝国日本軍や中国国民党と闘った中国人をぽんと置くだけで、登場人物は勝手気ままに行動をはじめ物語を紡ぎ始める。
台湾が舞台の、日本語で書かれたおおらかでユーモアもあるハードボイルドな青春(恋愛もあり)大河小説であった。たのしい納涼読書体験だった。
最新の芥川賞選考会で、台湾籍の女性の候補作を、「対岸の火事」を見るようで退屈だったと講評した阿呆な芥川賞選考作家(宮本輝)がいたようだが、同じく台湾籍の東山が書いた本作は、林真理子、伊集院静、高村薫、東野圭吾、北方謙三、桐野夏生、宮城谷昌光、浅田次郎、宮部みゆきという豊かな感性を持つ面々が、史上初めての満場一致で直木賞に推挙するという選考委員の責務を全うした。