遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

空飛ぶタイヤ/池井戸潤

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空飛ぶタイヤ(上/下)   池井戸 潤    (講談社文庫) 


大型トラックから外れて暴走したタイヤが母子に衝突し、母親は死亡するという傷ましい事故からこの物語は始まる。

赤松運送という中小の運送会社のトラックが起こしたこの事故は、運送会社の整備不良だということで結論付けられて終焉を迎えようとしていた。しかし、自社の若い整備士の丹念な整備日誌を見た運送会社社長の赤松徳郎は、自分たちはトラックメーカーの欠陥車両をつかまされたのではないかと疑いを抱く。そこから赤松の粘り強い追跡が始まってゆく。

旧財閥系の自動車会社ホープ自動車。そのホープ自動車を支えるホープ重工、ホープ商事、ホープ銀行。小さな町の運送会社の若社長赤松が、ホープ自動車のエリート社員たちとその背後に生息する見えない巨大財閥に挑む展開を読み進めるうちに、企業の存在価値や社会的責任について問題意識を持ち始めるのは私だけではないはずだ。

これは現実に起こった事故をベースに、池井戸潤が完全なるフィクションとして創ったものだ。しかし、元財閥系のホープ銀行のモデルとなった銀行で池井戸は働いていたのだから、なかなか興味深い記述が随所に現れる。

半沢直樹」で、昨年は一世を風靡した池澤作品を初めて読んだ。ちょうど読み進めていた小説を家を出るときにカバンに入れ忘れ、その日の帰りの電車での読み物を誰かから調達しようと漁っていて、周辺男子が貸してくれのがこの「空飛ぶタイヤ」。

池井戸が取り上げた題材は深刻なものだけど、ほんの少し軽いエンターテイメントに仕上がっていて、年末年始にもかかわらず仕事が詰まっていて疲れた私の頭をリフレッシュしてくれた。元気がもらえた、ありがとう。

この小説には、さまざまな個性を持った人物が登場するが、読者は間違いなく主人公の赤松やその周辺の善男善女に思い入れを感じるはずだ。でも誰もが凛々しい赤松たちのようになろうとしないのが世の不思議だ。なれるのになろうとしないのが不思議である。

この文庫本の解説は大沢在昌がつとめている。大沢の一文を最後に紹介しよう。池井戸の将来のブレイクを予想していて、それが見事に的を射ていて、見事なものである。

《おそらくは近い将来、池井戸潤は大きな話題を生む作品を発表するだろう。エンターテイメント小説の世界では、「リーチがかかっている」 といわれる状態に、彼はある。しかもその作風は幅が広く、次に何でやってくるのか、予断を許さないところがある。私は、それを楽しみに待っている。》