遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

解錠師/スティーヴ・ハミルトン

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解錠師  スティーヴ・ハミルトン  越前敏弥 (訳) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


主人公マイクルは、間もなく刑期を終えようとしている受刑者。もう刑務所に入って10年が経とうとしていた。
8歳の時の大きな衝撃でまったく口がきけなくなったマイクルは、絵を描くことと、錠を鍵なしであけてしまうことが得意な少年だった。

物語はマイクルの一人称の回想形式で、刑務所に入る直前の2000年の出来事を軸に、1999年と2000年を行ったり来たりする。
回想は1990年頃の子ども時代にも遡るが、本線は1999年と2000年の二つの物語りである。

マイクルは錠を開けられる特殊技能と、決して口を利かないので秘密を守れるという二つの特殊技能を買われて、やがて犯罪者グループに重宝がられるようになる。
彼には5色のポケットベル、赤・青・緑・黒・白のポケットベルが託されていて、そのポケベルに開錠師としての仕事が入ってくるのである。
マイクルはまったく口が利けないのだが、ポケベルに表示された電話番号に電話をかけなければならないのである。その電話番号には、主人公の希望に似た未来と、読者のわくわく感が共存しているのである。

あることがきっかけで、マイクルは同い年の少女アメリアと知り合う。
彼女も素晴らしい絵の才能を持っていて、共通の才能を持った二人は、家族愛に飢えているという共通点もあって互いに惹かれあう。しかし、アメリアの父親の不始末からアメリアの身に危険が及ぶ事態に発展し、マイクルが解錠師として彼女を救うための冒険譚が始まるのである。

どんな錠でもあけてしまうという特技は、犯罪行為と切っても切れないもので、物語の中ではその特技で、様々な場面をスリリングに演出してくれる。
読者はしばしば主人公に思い入れをし、その主人公が犯罪者であっても彼に肩入れをしたくなる。この小説もまさにそんな思い入れを感じるのだが、その肩入れが楽しくて仕方がないのである。

ジェットコースターに乗っているようなスリリングな物語ではないが、ページをめくる手を止められない面白さがある。残念ながら、この物語にも最終ページは存在するのであるが、読み終えるのが残念な思いであった。

マイクルの解錠師としてのクライムノベル(犯罪小説)の部分と、アメリアへの愛のために前途に立ちはだかる重い鉄の扉を解錠するという「純な心」がモチーフになった物語部分が、とても心地よく混ざり合っていて秀逸である。

ティーヴ・ハミルトンは、この小説でMWA賞最優秀長篇賞、CWA賞スティール・ダガー賞を受賞、このミステリーがすごい! 2013海外編と2012年週刊文春海外ミステリーベストテン海外部門で第1位に輝いた。