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あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

特捜部Q Pからのメッセージ/オールスン

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特捜部Q ―Pからのメッセージ― 〔上下〕ユッシ・エーズラ・オールスン (著)
           吉田 薫 、 福原 美穂子 (翻訳)  (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
デンマークの警察小説でユッシ・エーズラ・オールスン作の「特捜Q―Pからのメッセージ―」のご紹介。

「―Pからのメッセージ―」は、「特捜部Q」シリーズの、「―檻の中の女―」「―キジ殺し―」に続く3作目。
  
ミステリ作家は、かなり有能な犯罪者になれる。彼らの創作は、まず誰も考えないような犯罪を構築することから始まるのだろう。本作を読んで、そのことを強く実感した。ミステリ小説の数だけ違った犯罪があり、しかし、たいてい犯人は挙がる。

この「Pからのメッセージ」とは、謎の人物「P」がボトルに入れて海に流した手紙のこと。このボトルメールが英国にまで流れ着き、デンマークに里帰りし、犯罪が絡んでいるのかいないのかもわからないまま迷宮入りになりそうなところを、「特捜部Q」の捜査対象になるところから、この物語は始まる。

主人公のカール警部は、複雑な家庭を持ち、別れた妻の連れ子と全身が不随になっている元同僚を自宅で引き取っている。深刻な現実を抱える私生活に比べて、あまりにも絵空事のようなボトルに入ったメッセージが犯罪に結びついているか?と警部は捜査に及び腰。しかし、シリアからやってきた警部助手アサドと秘書のローサは半ば消えかかったデンマーク語で書かれたメッセージを解読し始め、まず「助けて」という一句を判読するまでに至る。

例によって本作も、犯罪者側から描かれた物語と、捜査陣側の物語の二つのラインで構成されている。

犯罪者側の物語は、犯人の子ども時代にまで時をさかのぼる。犯人は、厳格で敬虔な宗教家(だったか教会牧師だったか)の父親に、チャップリンの真似をしておどけているところを見つかり、暴力を伴ったせっかんを受け粛清される。その一件から彼のゆがんだ人生が始まる。

チャップリンの真似をする自分の子どもをせっかんする父親。なんというショッキングな人物像を創り出すのだろう。

幼少期の心のキズが、その後の彼や彼女の生活に大きな影響を及ぼすことになる。
最近読んだミステリ、つまり人間そのものとその犯罪を扱った物語には、背景に彼や彼女の家族・家庭が描かれる。誰にどのように育てられたか(あるいは育てられなかったか)ということを避けて通れないようである。

一方、事件捜査にあたるコペンハーゲンの警察署は、主人公カールと二人のおかしな助手のほか、美しい心理師や他部署の女性秘書や人の好い上司などがにぎやかでユーモラスで微笑ましい。こちらは皆チャップリン好きに違いない。

閉ざされた時空に暮らす敬虔な人たちが陥った罠と、それを利用した犯人像がよく練り上げられて創られていて見事である。
また捜査陣の犯人への迫り方が、たっぷり楽しめる仕立てになっているのもお見事。