遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

青い虚空/ジェフリー・ディーヴァー

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青い虚空  ジェフリー・ディーヴァー (著), 土屋 晃 (翻訳) (文春文庫) [文庫]

 「それは興味深い」とジレットはつぶやいた。

 「私もそう思う」アンダーソンは言った。「結論を言うと、犯人は被害者のマシンにはいりこ

むのに、新たなウィルスらしきものを使ったのではないか。問題はコンピュータ犯罪課にそれが

発見できないこと。そこで、われわれは、きみに見てもらえないかと考えている」

上記は、ジェフリー・ディーヴァーの小説「青い虚空」の一節である。
ジレットがこの小説の主人公で、ハッカーの容疑で服役中の身である。
アンダーソンは、カリフォルニア州警察コンピュータ犯罪課主任警部補で、
服役中のジレットに犯罪捜査の協力を要請しているシーンである。

このジレットというのが実にすごいハッカーで、無実の罪で服役していて、刑期は残り1年あるのだが、
アンダーソンの要請に応え、ジレットに勝るとも劣らぬハッカー「フェイト」の犯罪捜査に乗り出す。

わが国でも先だって、おぼえのないEメールを送信したかどで、無実の若者たちが捕らえられ、
真犯人が名乗り出て彼らの無実が証明されたというお粗末な事件があったばかり。
わが国のこの事件の真犯人はいまだに自由の身で、自室のモニター画面の前でほくそえんでいそうである。

この小説の捜査陣、少なくともコンピュータ犯罪課の刑事たちは、
日本の警察ほどお粗末な組織には属してはいなくて、
ハッカーを捕まえるには誰に依頼すればいいのかを分かっていて、
リスクを承知で、服役中のジレットを訪ねてくるのであった。

ディーヴァーは「続きに夢中になった読書に電車を乗り過ごさせて、仕事に遅刻させたい」と望んでいたようで、
私は帰りの電車で、降りるべき駅を乗り過ごしそうになり、作家の望みどおりになりかけた。

ハッカーであり凶悪犯人である謎の犯罪者「フェイト」と、その相棒「ショーン」。
彼らがどこのだれなのかを突き止め、次の犯罪を阻止するという単純なストーリなのだが、
ひそかにウィルスを捜査陣のコンピュータに植え込んだ犯人たちは、捜査陣の動きをかく乱し操作する。
その結果、知らず知らずの間に捜査陣に危険が迫ってきて、
まるで、深い海から突然に海面に飛び出て襲いかかるジョーズのようなハッカーたちに、
捜査陣は命を脅かされる。

本流の、ジレットが全身全霊をかけて挑む真犯人追求物語と、
支流の、ジレットに三下り半を突き付けて彼のもとを去った妻との復縁願望物語。
この本流のこれでもかあ~というどんでん返しの繰り返しに、そう来るか~と圧倒され、
支流の、ジレットが復縁できればいいのだがという私の思い入れに反し、
元妻が惹かれる「男の影」が終始謎めく。

「ウォッチメイカー」で出会ったばかりのジェフリー・ディーヴァーの作品を、無作為に選んで読了。
無作為で選んだのに、日本での「成りすましEメール」事件と偶然に重なり、
ネット社会の光と影を感じて感慨深い。

2001年にこの作品を書き上げたディーバー、「青い虚空」とはサイバー空間を表す作者の造語なのだが、
2012年のいまこそ社会に受け入れられそうなほど、先見性のある作品であった。