遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

幕末太陽傳/川島雄三

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映画「幕末太陽傳」(1957年日活 デジタルリマスター版)、NHKBSにて生まれてはじめて鑑賞。
松竹から日活に移ってきた川島雄三監督の代表作である。
ジャズ・ドラマーから転身してきたフランキー堺の代表作である。
そして日活映画の代表作でもある。

ときは幕末、ところは東海道は品川の宿。
冒頭、フランキー堺演じる佐平次たちが品川の遊女屋「相模屋」で、
宴会部屋にいざなわれるシーン、その相模屋の廊下の広大なことに驚く。
この江戸前の海を臨む相模屋のセットは、実に贅沢に完璧に作られているのだが、
この広大な遊女屋で、この作品の営みのほぼすべてが完結する。「グランド・ホテル形式」の映画である。

佐平次一行(フランキー、西村後の黄門さまや熊倉ヒチコック)は、
一晩豪遊したが、端から支払う金などなく、帰るに帰れず、ひとり居残りになってしまった佐平次。
彼は、くもの巣だらけの物置のような「行灯部屋」に軟禁状態になり、
下男としてこの店を手伝うことで、花代や酒代を少しずつ返していくことになる。
コホンコホンと胸を患っているにもかかわらず、相模屋の仕事をルンルンと手伝いはじめる。

人が行きかう相模屋のその広大な廊下を、フランキー演じる佐平次は、
ステップも軽く大きな盆に乗せた徳利をすいすいと部屋から部屋へと運びまわる。
チャップリンの軽快なステップを思い出してしまった。
人生には幾度も「行灯部屋」に入り込んでしまうようなときがあるのだが、
そんなことをものともせずにルンルンと太陽のように生きていけば、自分も周りも幸せになる。

相模屋の前の大通りは、品川宿東海道で、昼間から実に賑やかで、
マルセル・カルネの「天井桟敷の人々」の犯罪大通りの雑踏が思い浮かんできた。

相模屋の遊女のツートップが、おそめ(左幸子)とこはる(南田洋子)。
このライバルふたりの取っ組み合いのけんかがこれまたすごい迫力。
ゾラの原作をルネ・クレマンが映画化した「居酒屋」の女同士のすごいけんかを思い出した。

しかし、ヴィヴィッドな映像は川島に軍配が上がりそうで、長回しのカメラは高い位置から、庭から階段、階段から二階の縁側にふたりの遊女のくんずほつれつを追いかける。
どんな難解なパスでもゴールを決められる気概を持つこの若いツートップが、
なんともカラッと妖艶でしたたかで、何人もの客を何部屋にも待たせておく営業力は大変なものである。

その他、二谷・石原・小林などダイコン軍団(小林旭にいたっては、セリフが聞き取れない)や、殿山・市村太っちょ客(このふたりは晩年はしぼんでしまうのだが…)や、
小沢エロ事師たちが、こけつまろびつ入れ替わり立ち代わり登場する。

こういう混沌とした若者たちをすっきりではなくぐちゃっとまとめてひとつの作品に仕立て上げる。
できそうでできないことである、この生命感あふれる映像美の川島雄三、見事である。

川島39歳、今村31歳、フランキー28歳。この3人組恐るべし、でも単なるお笑い3人組ではない。
ちなみにフランキーと麻布中学で同級生だった、小沢もナレーションの加藤も28歳。
この3人組もすごい28歳。

くんずほぐれつ、こけつまろびつ、切ったり張ったり、生まれて愛して死んでいく。

しかし、この作品で川島は今村は誰も殺さなかった、「生きるんでぃ」。
見事なラストシーンであった。

 
スタッフ
監督=川島雄三 (39)
脚本=田中啓一川島雄三今村昌平 (31)
音楽=黛敏郎 (28)
監督助手=浦山桐郎(27)、遠藤三郎、磯見忠彦

キャスト
居残り佐平次フランキー堺(28)
女郎おそめ=左幸子 (27)
女郎こはる=南田洋子 (24)
高杉晋作石原裕次郎 (23)
相模屋楼主伝兵衛=金子信雄 (34)
伝兵衛女房お辰=山岡久乃 (31)
息子徳三郎=梅野泰靖 (24)
若衆喜助=岡田真澄 (22)
貸本屋金造=小沢昭一 (28)
女中おひさ=芦川いづみ (22)
杢兵衛大盡=市村俊幸 (37)
やり手おくま=菅井きん (31)
気病みの新公=西村晃 (34)
のみこみの金坊=熊倉一雄 (30)
仏壇屋倉造=殿山泰司 (42)
志道聞多=二谷英明 (27)
久坂玄瑞小林旭 (21)
ナレーター=加藤武(28)