遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

ミレニアム3/スティーグ・ラーソン

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ミレニアム3  眠れる女と狂卓の騎士(上・下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ 美穂 , 岩澤 雅利 (翻訳)

池澤夏樹の解説より】
「ミレニアム」三部作には、ミステリのジャンルのすべてが注ぎ込まれているのである。本格ミステリ、ハードボイルド、ノワール、警察小説、サイコ・スリラー、スパイ小説、そしてリーガル・スリラーと各ジャンルを味わうことができる。しかもそのレベルは極めて高く、ひとつひとつが意外性と迫力に富んでいるから驚く。

前半は、航行する客船のようなゆったりとした流れで、スパイ小説のような緻密さがある。
単純で活劇系がお好きな向きには少しかったるい展開かもしれない。
しかしながら、それは後半の盛り上がりの前奏曲のようなものだと、
このシリーズをここまで読んできた賢明な読者なら、容易に想像できるはずである。

「ミレニアム2」の終幕の流れのまま「ミレニアム3」の物語は流れる。
いまは「眠れる女」になってしまった主人公のリスベット・サランデル。
そのリスベットを救済すべく立ち上がったもう一人の主人公ミカエル・ブルムクヴィスト。
リスベットを救済し巨悪に立ち向かう自分たちを、ミカエルは「狂卓の騎士」と命名する。

ミカエルの叡智と、その周辺の男女の「狂卓の騎士」と、
現場で鼻の利く刑事や公安警察内部に設けられた特別編成のチームや、
「眠れる女」から覚醒していくリスベットの病院のベッドからの「遠隔操作」などなど、
正義を紡ぐ何本もの糸は、一点にまとまりを見せていく。

圧巻は下巻の裁判のシーン。
ミカエルの妹でリスベットの弁護士のアニカ・ジャンニーニが、
巨悪を相手にたった一人で繰り広げる裁判劇には、圧倒的な力がある。

民事が専門で刑事事件の弁護はほとんど経験がなく、
検察側の証人への尋問もあっという間に終了してしまう。
「アニカ、こんなんで大丈夫なのかな~」と思わせておいて
(実は誰もアニカ大丈夫?などとは思ってもいなのだけど…)、
弁護人側の証人喚問では大立ち回りを演じることになる。

いたって単純な、その勧善懲悪裁判の一部始終が圧巻で、
「怒れる一人の女弁護士」「怒れる数百万人の読者」の心が一つになる。
大上段に天下国家を語るのではなくて、
目の前にいる世の中に捨てられたも同然の一人の少女を巡って、
か弱きたった一人の少女のために怒れる正義が、人の感動を呼ぶ。
こういう小さな積み重なりが社会を形成し、それを民主主義と呼ぶのだろうな。
勧善懲悪、単純明快で何が悪い?
正義が勝つ構図があるうちは人は救われる。


このシリーズは、女を描いたものだった。
孤高の主人公リスベット、ミレニアムの編集長エリカ、同じく編集人のマリーン、
現場回りの主婦刑事ソーニャ、元警官の警備会社職員のスサンヌ、
公安警察の美人でマッチョなモニカ、そして正義の弁護人アニカ。

チャーミングな彼女たちは、空気が読め落ち着いて深く考えること可能な仕事のできる女たちで、
いい女たちのいい仕事ぶりを見るのは、老若男女に共通した快感であろう。
著者スティーグ・ラーソンは、大ベストセラー作家になる前に若くして亡くなったという。
なので、生き生きとした登場人物たちとのあらたな出会いはない、残念なことだ。
でも、忘れることもない。