遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

お多福来い来い: てんてんの落語案内/細川貂々

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お多福来い来い: てんてんの落語案内   細川 貂々  (著)  小学館

ツレがうつになりまして。」がベストセラーになった漫画家細川貂々(てんてん)の、落語を紹介した「お多福来い来い: てんてんの落語案内」。本書が刊行されたころに、何かの書評で紹介されていたのでこのたび手に取って楽しく読んだ。

貂々は、宝塚歌劇が好きで一家で千葉から宝塚市に引っ越した。関西で縁あって上方落語と出会い、その世界に惹かれていくさまがコミックで描かれている。名作落語の紹介もあってなかなか楽しめる。

私は、高校生の頃に、落語家になった母校の卒業生の落語を聴いたのが初めてのライブだった。クラスメートに落研の生徒がいて、何かの折に十八番の相撲場風景(すもうばふうけい)をねだって一席やってもらいケラケラ笑っていた高校生だった。以来、主にはテレビやラジオで、まれにライブで、半世紀にわたって多くの名作落語や落語家名人たちと接してくることができた。

しかも、関西で生まれ育っているので、上方落語江戸落語も両方楽しめるバイリンガル(?)という強みもある。桂米朝桂枝雀古今亭志ん朝も柳谷小三治も分け隔てなく楽しめるのである。

本書で紹介されるのが、「芝浜」「牛ほめ」「池田のしし買い」「まめだ」「七段目」「死神」「寿限無」「唐茄子屋政談」「七度狐」「松山鏡」「後生うなぎ」「始末の極意」「替わり目」「時うどん」「あたま山」「ざる屋」などの名作古典落語。これらは、よく知っているもの、ぼんやりと知っているもの、全く知らないもの、江戸落語も含まれていて、いい塩梅の混ざり具合だった。

また、名作落語にちなんだ名作映画「幕末太陽傳」の紹介もあって、嬉しい構成になっている。

古典落語は、ネタや落ち(下げ)をよく知っていても演目を楽しめる。これは、よく聴き込んだクラシック(古典)音楽の演奏を聴けば聴くほど、新たな発見があって楽しめるということと共通している。なので、本書でも既知の演目はその面白さを追認するためにしっかり読んで楽しむことができた。また、知らない演目については、「これは面白そうだ」とか「これは麗しい」と、ざっくりとした新しい噺(はなし)を仕込むことができた。

落語は、一見小さな世界の小さな話のような印象があるが、自由な発想に基づいて実に多様性のあるパノラマ世界を聴衆に提示してくれる素晴らしい演芸なのである。
その息づく多様性のある世界こそが「世の中」というものなのだが、本書を読めば(あるいは幕末太陽傳」を鑑賞しても)、それを再認識できるのである。