通勤電車に乗る時間は15分ほど、
朝の通勤電車はいつも同じ方角を向いて、窓の外の景色を見ながら、
よしなしごとを考えたり、ぼんやりとしている。
しかしここ数日は、久しぶりに朝の通勤時間に本を読んでいた。
導入部に登場する作家の祖父レフが、この物語の語り手となる。
レニングラードは侵攻してきたドイツ軍ナチに包囲され、
街ごと兵糧攻めに遭って、餓死者が後を絶たなかった。
その包囲は、実に900日に及んだという。
その時代に、少しの過ちを犯した少年レフと青年コーリャ。
彼らは、ソビエトの秘密警察に捕らえられたが、ただちに銃殺されることは免れた。
捕らえられた軍の大佐の娘の結婚パーティに間に合うように、
ウェディングケーキ用の卵を1ダース調達して来いと街に放たれる。
人質として、彼ら自身の食糧配給カードを没収される。
配給カードを失う事は飢え死にすることと同じなので、
彼ら二人は、時限付きの死刑囚のようなもので、
なんとしてでも次の週の木曜日までに、卵を1ダース持ち帰らねばならない運命だった。
卵さがしの、まったく無垢の17歳の少年レフと、
そのレフを饒舌でからかいつつ可愛がる、天才肌の明るい青年コーリャ。
そして、彼らに合流したパルチザンの女スナイパー、ヴィカ。
彼ら3人はナチのアインザッツグルッペン(特別行動部隊)の、
ある残忍な将校を打ち倒すために、前進を続けなければならなかった。
しかし、青年2人は、レニングラードで待つ大佐に卵を持ち帰らねばならない。
2つの使命自体が「前門の虎、後門の狼」であった。
そして、堪えがたきを堪え忍びがたきを忍び、
疲労と空腹で息も絶え絶えの3人に、この2つの大きな使命への大きなチャンスが、
レフの特技であるチェスが取り持つ縁で、めぐってくるのであった。
時代も舞台も季節も境遇も、
主人公たち3人にとっては最悪の組み合わせである。
第二次世界大戦中は、世界の方々でこんなにやるせない馬鹿げた日常が繰り返されていたことを、
あらためて今また感じ入るのである。
しかし、この本のジャケットに描かれた1ダースの卵のように、
この物語には、温かさとユーモラスな雰囲気が物語の底流に存在する。
彼ら3人が、不条理に負けないで、しなやかな正義を敢然と行使するからである。
レフとコーリャとヴィカ、このうら若い3人のことが、読後も頭を離れない。
フィクションでこういう人物像を研ぎ出す手腕の原作者に、拍手。
ストーリの展開も、3人の友情の描き方も秀逸、も一度原作者に拍手。
翻訳者にも!