興福寺の国宝館(拝観料600円)を入って、
これまでの人生で、一時にもっとも多くの国宝を見て上気しているうちに、
出口近くの細長いエリアに、到達する。
そこには、「乾漆八部衆立像(かんしつはちぶしゅうりゅうぞう)」
の八躯が無造作に並べられている。
胸部から上を残しただけの「五部浄像」を除いた7体は、
立像としてその名のとおり、完璧な立ち姿で、
奈良時代のいにしえから、1300年を生き抜いてきた。
その代表格が「阿修羅像」なのである。
胸部から上だけの「五部浄像」は、ガラスケースに収められ、
間近に見ることができるが、腕のない肩口から「麻の布」の断片を見ることができる。
「乾漆」とは、麻布を漆で塗り固めて、仏像のフォルムを「張りぼて」でつくる様式を言い、
その技術の一端を、皮肉にも壊れた一体から確認できる。
しかし、「五部浄像」のお顔の穏やかかつ凛々しいことこのうえなく、
実に印象的な仏像であった。
この阿修羅をはじめとする「乾漆八部衆立像」のエリアから、
立ち去り難かったうちの奥さんを「五部浄像」のガラスケースの近くで待っていた。
そうしたら、このエリアに到達したばかりの三十代くらいの女性が、
立ち姿の「乾漆」群像を見止めて「嗚呼~」とも「ハァ~」ともつかぬ
感嘆の声をあげられたのをはっきり耳にした。
まことにこの国宝館は「ハァ~」と言うべきゾーン、宇宙的空間なのである。
【興福寺国宝館の主な国宝】