遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

一瞬の風になれ/佐藤多佳子

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 一瞬の風になれ   佐藤 多佳子  (講談社)



ちょうど2ヵ月後の8月8日は、北京オリンピックの開会式、

今年はオリンピックイヤー。


16年間死に体だった日本男子バレーもようやく復活の日を迎え、

オリンピックムードも高まってきたようなそうでもないような。


私はオリンピック中継は隅から隅まで見たいタイプの人間に属しており、

とくに陸上競技は大好きな競技である。

単なる駆けっこなんだけど、それが面白い。


佐藤多佳子の「一瞬の風になれ」は、

高校の陸上部を舞台にした作品である。

第一巻 イチニツイテ

第二巻 ヨウイ

第三巻 ドン

いかにもというネーミングの3冊に分かれた長編小説である。



読み進めて第三巻の残り半分を過ぎるころには、

主人公達とお別れをしたくなくて、読み終えたくなかった。



兄とともにサッカー少年だった神谷新二は、サッカーに限界を感じ、

入学した高校では親友の天才的短距離走者一ノ瀬連とともに陸上部に入る。


陸上競技では無名に近い神奈川県の高校に入学したスプリンターの新二と連は、

一年生のときから将来を嘱望される才能ある選手で、

100m・200m・400mリレーでインターハイをめざす。


地区大会、県大会、南関東大会を勝ち抜いて、

インターハイに出場することが、

神奈川県の高校陸上アスリートの最大の目標。


全国中学生大会の決勝まで進んだ実力を持つ連は、

何を考えているのかよくわからない練習嫌いな天才ランナー。

一方、サッカー少年だった新二は陸上初心者、

しかし、天性のスピードを備えている努力型ランナー。


この小次郎・武蔵のごとき対照的なふたりを中心に、

新二の一人称で、

新二の属する神奈川県の無名の高校陸上部の青春が、

彼の家族への思いや異性への淡いあこがれが、

等身大の高校生の目から見たままの感性で語られていく。


この新二の一人称の口調が、

けれんがなく小賢しくなくて、新緑の風のように颯爽としていて気持ちが良い。


それはとりもなおさず、入念な取材を積み重ねてこの作品を上梓した、

佐藤多佳子の潔い爽やかさである。



私たちをあの時代に連れ戻してくれる、

だから読了したくなかったのかもしれない。



この作品は昨年、

全国の書店員が投票で大賞を決定する第四回本屋大賞と、


第二十八回吉川英治文学新人賞をW受賞した。