英米のベストテン上位に必ず顔を出していた1作が、
ジョセフィン・テイの「時の娘」。
私の書棚に読まれずにずっと眠っていたのを、このたび読破。
イギリスのリチャード三世は、シェークスピアの作品を代表として、
性格・容姿ともに稀代の奸物(かんぶつ:悪知恵のはたらく心のひねくれた人間)
として描かれ、その人物像が後世に広く伝わった。
捜査中に怪我をして入院中のグラント警部のもとに、
退屈しのぎにと女優マータが届けたのが、幾十枚かの肖像画。
そのなかの1枚、リチャード三世の肖像が警部の心を捉えて放さない。
その肖像画を見て、
この人物が王の座に目がくらんで、幼い甥2人を殺したのだろうか?
と、刑事の血が騒ぎ、ベッドの上で歴史の真実に迫るという物語である。
以前私は、ちょっとフライング信号無視をお巡りさんに咎められたが、
運転免許と私の顔を、ためつすがめつ眺めたお巡りさん
「悪いことする顔と違うなぁ」と見逃してくれたことがある。
そのお巡りさんは、実に2回も、同じセリフで私に違反切符を切らなかった。
顔で判断するな、と思うのだが、
どうやら刑事や探偵は、まず第一印象としての容疑者の容貌を大事にするらしい。
キーワードは、「トニイパンディ」
──事実として知られている事柄が、実は創作されたり脚色されたものであり、
事実はまったく異なった現実である、というようなことが歴史には多く見られる──
というもの。
グラント警部はリチャード三世の肖像画を見て、
(画像の肖像画なのだが、悪意に満ちた描き方なのに)
「これは悪いことする顔と違うなぁ」と確信するのだが、
その証拠集めに借り出された若者とのやり取りや、
入院中の病院の看護士や医師との会話が深くて面白い。
また、肖像画を見舞いに持ってきた女優マータは、
その後も時々見舞いに現れ、
警部の愛人なのかどうかははっきりしないが、実に魅力的なお方である。
二人の会話は知的で、でも、ほんわかといい感じで、
いくつになってもこういう女友達はぜひ近いところにいて欲しいと思ってしまう。
おそらくは、私がマータに魅力を感じたように、
ジョセフィン・テイ女史の文章の巧みさや、会話の洒脱さや、
一旦歴史をリセットした警部の思慮に満ち満ちた捜査プロセスは、
原書で読んだ英米の読み手たちたちを魅了し、
英米のミステリ作家達を虜にしたのだろうと思う。