遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

チャイコフスキー・コンクール/中村紘子

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チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代  中村 紘子   (中公文庫)



仙台国際音楽コンクールのために来日していたロシアの女性ピアニストが、

万引きで逮捕されたという。

社会主義体制時のソビエトでは、

彼らはある意味ピアノで特権階級になろうとしていたから

海外で万引することなど考えもしなかったであろう。



本邦でもっとも有名な浜松国際ピアノコンクール(3年に一度開催)は、

回を重ね昨年は6回目の開催であった。

その浜松国際ピアノコンクールで、審査委員長を務めるのが中村紘子である。


私は、朝比奈隆指揮で中村のチャイコフスキーのピアノ協奏曲を、

大阪フェスティバルホールで聴いたことがある。

本書の表紙裏には、そのコンツェルトの楽譜がデザインのごとく刷られている。



本書は、1982年と86年の2回、


審査委員を務めた後に上梓された。

私が読んだのは、1989年に本書が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した直後のことである。


現役ピアニストによる、音楽世界の過去と現在と未来が語られている。


どんなコンクールにも、予選でふるいに掛けられても、

本選の一次審査の段階でもなお、

「ツーリスト」と呼ばれる一群のコンテスタントがいるようで、

退屈しのぎの審査員の時間の潰しようなどが面白く描かれているが、

本書は、そんな楽屋話的なものだけではない。


実に綿密に真摯に、息詰まるようなコンサート風景や、

クラシック音楽の専門的なことがが描かれている。


しかし、私のような素人の門外漢であっても、

興味深いことがふんだんに織り込まれていて、

引き込まれるような気分で260頁あまりをじっくり楽しめた。


著者はピアニストであるが、その文章能力は、

旦那が作家の庄司薫であることを割り引いても、

伝えたいことを伝えられるに必要十分なものであった。


万引きで捕まったロシアのピアニスト、

ピアノの前に座って演奏する前に「ツーリスト」に成り下がってしまったようだ。