遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

二人のマリア/トラップ・ファミリー

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BSドキュメンタリー「サウンド・オブ・ミュージック マリアが語る一家の物語」鑑賞。


映画「サウンドオブミュージック」のモデルとなったトラップファミリーには、

二人のマリアがいた。

番組は、一家の次女マリアが思い出を語る形で進行していく。


ジュリー・アンドリュースが演じたマリア(以下、母マリア)は、

孤児という境遇から、偶然トラップ一家の家庭教師となり、

25歳も歳の離れた貴族であるトラップ大佐と結婚する。



母マリア家庭教師赴任→音楽一家誕生→母マリア大佐と結婚→

世界恐慌→銀行に預けた全財産が消滅→一家は無一文に→生活のために音楽活動開始→

欧州各地を巡業公演→ナチから逃れて亡命→アメリカでトラップファミリー旗揚げ→

兄弟二人が米軍兵士として欧州で従軍→戦後再度一家で公演ツアー→1950年代に音楽活動休止

一家は、実際にこういうストーリーを編んだのであった。


一家は常に、母マリアの叱咤激励とアイデアと前向きな姿勢に支えられていた、

映画のジュリーのごとき母マリアであったようである。


その時々を、92歳になった次女マリアは、

実に華やかな笑顔としっかりした記憶で、TVの前のわれわれに語ってくれた。


外目には幾多の波乱をくぐり抜けてきた感のする一家であるが、

次女マリアは、遠くを見て笑顔で「家族が居て音楽が在ったから平気だったわよ」

と言う、嘘のない目でそう言ってまた笑う。


彼女の姪は、アメリカ各地を公演して回るシンガーソングライターである、

その姪が協会で歌う「エーデルワイス」の歌声に、

次女マリアを思い浮かべ感極まり不覚にも、私は涙を流してしまった。




次女マリアは生涯独身で、ファミリーが音楽活動を止めてから、

単身ニューギニアに渡り、未開の土地の人たちに福祉や医療で奉仕活動をした、

実にそれは30年続いた。


彼女は、ニューギニアで未来の夢を語った少年を養子に迎え、

今バーモントで彼と暮らし、彼の夢を実現させようとしている。(もう実現しているのかもしれない)


次女マリアの顔の深い皺は、ニューギニアの熱い太陽光線のせいなのだと想像し、涙、

肌の色のまったく違う少年を養子に迎える人道精神に、涙、

一滴の涙も見せず、笑い声を頻繁に交えての彼女の強いけどしなやかな言葉に接して、またまた涙。




おしゃれでおちゃめな暮らしは長寿につながることを、

次女マリアが証明してくれている、

今年最後に、もっともチャーミングな女性に出会ったのである。