遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

過去から日本の未来を問う小川哲の「地図と拳」をお薦めします

地図と拳     小川 哲    新潮社

1冊の本として私の生涯で最大ページ(640頁)の「地図と拳」を読了しました。

日露戦争から第二次大戦を挟んで、1899~1955年の約半世紀、未開発の満州中国東北部)に真摯に生きた日本人と中国人とロシア人がいて、それら男女の半生と、その時代の満州を知っているようで知らなかった私だったので、長いけどまったく退屈しない読書でありました。

国造りと未来の象徴「地図」と、軍事と暴力の象徴「拳」、それらにまつわる登場人物たちの壮大な半生とその時代の小説です。

満州のとある架空の都市に、私的な戦争構造学研究所という仮想内閣(シャドウ・キャビネット)が急きょ招集され、満州の未来、つまり日本や戦争の未来について研究が始まります。

招集したのは満鉄の幹部の細川という所長で、彼は「日本はこの戦争(満州事変から第二次大戦)に負ける」との個人的な想定を確かめるために仮想内閣を作ります。

著者は、細川と彼のチルドレン的研究者たちを100年前の満州に息づかせて日本の未来を占わせます。日本国が綴った史実は変わらない設定ですので、日本の歴史の行間を著者の創作研究と創作ドラマで埋めて楽しい読み物に仕上げています。

登場人物は日本・中国・ロシア人と少なくないし、その「人物一覧」ページも設けられていないし、人とエピソードは錯綜するけど、混乱せずスラスラ読めます(ただし、中国の人物名や地名は漢字表記ですので、音読みなどで適宜認識してください)。

溌剌とした若者たちが主に内圧(日本軍や武士道など)によって荒んでいきますが、彼らのロマンあふれるDNA(思い)が本書の最後まで失われないところが胸を打ちます。

巻末に記された参考文献は151冊で、そのエッセンスで本作の史実は流れ、あまりドロドロしていない著者の壮大な創作物語が魅力的で熱くて、今夏の暑さを忘れるのでした。

いま受験勉強と関係ない大学生や高校生に、ぜひ読んでもらいたい一冊です。そして、100年前の若者たちのように、いまからの日本の未来についても考えてもらいたいとも思います。