黄金列車 佐藤 亜紀 (著) 角川書店
はじめての佐藤亜紀作品「黄金列車」読了。
ハンガリーのユダヤ人から没収した財宝を積んだ列車が、1945年4月、ブダペストを離れウィーンを経由しザルツブルグを超えオーストリアの西の端に向かう。その40両にも及ぶ「黄金列車」に乗り込んだハンガリーの政府関係者(ユダヤ資産管理委員会)の任務を綿密に描いた、史実をベースに創作された小説。
佐藤亜紀の文章は、隅々に神経が行き届いていて、重厚な文体による臨場感がすごい。
私は20世紀に2度、ウィーン近郊やブダペストやザルツブルグまで足を延ばしたことがあるが、黄金列車のことなどつゆ知らずの馬鹿な旅人であった。
本書巻頭の多くの地名が書き込まれた地図と首引きで、本作をゆっくりじっくり楽しみながら読了した。それはまるで、頻繁に留め置かれる黄金列車に乗って1か月以上旅をし歴史の証人になったような気分だ。
窓外の風景を楽しむことはできなかたっが、こんな切り口であの戦争に接したことに充実した時間を持ちえた。なにしろ、新型コロナで外出自粛期間だったとはいえ、21世紀の日本に居て完全なる安全地帯にいたわけだから。
ディテールは当然に著者の力量による創作なのだろうが、黄金列車に次々にたかるハエを、火器なしに追い払う委員会の官僚たちの仕事振りが沈着冷静でおごそかで勇気があり、感動を覚える。
物語の中心にいるバログという役人の、繊細な妻と、家族ぐるみで親友だったユダヤ人夫婦とその子どもたちとの追憶がところどころに挿入される。その追憶の記述が、ブダペストでのドイツによるユダヤ人迫害の実態を読者に伝えてくれる。
悲惨な戦争の終わり付近を描いたものではあるが、悲しみや苦しみを前面に据え置かないで、見えざる愚か者も含めて、黄金列車とそれを取り巻く人間たちを淡々と鮮やかに描いている。
はじめの方に、黄金列車に到着したユダヤ資産管理委員会委員長(軍の大佐)の一行を初めて見た官僚の上司が、言う。
「バログ君知っているか?」
「人間には三種類ある。馬鹿と、悪党と、馬鹿な悪党だ」
軍人も役人も上に行くほどバカなのは古今東西変わらない。
本作は2019年のTwitter文学賞1位に選ばれた。まったくもって異議はない。