遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

朝井リョウ初読み 「正欲」 明日死なないために

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正欲    朝井 リョウ     新潮社

朝井リョウの本を初めて読む。

彼はデビュー10年を記念して本書「正欲(せいよく)」を上梓したそうで、他の作品を知らないけどこれは彼の記念碑となる作品のように思う。いつもこんなに神経の行き届いた文章を書いているのだろうか、いずれにせよ大した若者である。

章立てが多くて、三人称で登場する人たちは検事や寝具店の店員や学生たちと、その周辺の男女のエピソードがランダムに繰り返し整然と流れてくる。それぞれの持つ特殊なとある「性癖」で登場人物たちは直接的に又はSNS世界で繋がっている。

彼らの闇を通して現代社会のど真ん中とされる場所やそこからかなり外れたところにある見えない隅っこが描かれていて、「あるある」と上気したりそれは未知の世界のお話だとはいり込んでしまう。

その特殊な性癖のことは、本作でそのほかに紹介されている特殊な性癖と並んで(たぶん創作ではなく実際に認められるものなのだろうが)、私は初めて知ることになるのだが、これまた何でもありの世の中だからあまり驚きはないけど、世間の隅っこで暮らしている人間群像に思い入れをもってしまう。

といっても、真ん中から彼らを見ているのではなくて、少し離れている隅っこから彼らを見ているような思いである。そもそも、読書を通して体現できるのはそういう自由な思いでなのである。

わけあって、作中の登場人物の男女が離れ離れになる展開になってしまう場面で、お互いが「居なくならないからって伝えてください」と言う場面に救われて胸が熱くなる。

人は本当は誰とでもどこかで繋がっているのだろうけど、ほとんどそれに気づかいないまま、あるいはわざと見ないふりをして過ごしていそうだ。

大丈夫!繋がっているから、とどこからとなく声が聞こえてくる。何かと繋がって「明日死なないために」また読み続ける私なのだった。