読書間奏文 藤崎 彩織 (著) 文芸春秋社
「ぴあのやらせてください」。このフレーズだけを、何度も何度も何度も連ねた手紙を母親に書いた5歳の少女。それがかなわなければ「世界の終わり」だと思ったのだろう。
彼女は社宅の隣に住む同年の女の子のピアノ発表会を見に行き、ステージで花束をいっぱいもらっている女の子を客席で見て、私もピアノをやりたいと強く思い、「続かない」と拒否する母親に執念の手紙を書いたのだという。
それが「読書間奏文」の著者藤崎彩織の、本書に描かれた一つのエピソードだった。
藤崎彩織は「ふたご」という自身初めての小説で直木賞の候補になった作家であると同時に、「SEKAI NO OWARI」というバンドのピアノやキーボードや作詞・作曲をを担当するミュージシャンSaoriでもある。
例によって何かの書評で読んで本書を手に取った私は、著者のことを何も知らずに、何か面白い本の紹介でもないかなと期待しての一冊だった。
しかし、メインとなるのはそれらの一文とリンクしている著者自身の暮らしが綴られたエッセイの方だった。
図書室にこもっていた文学少女で、ピアノに打ち込んでいた音楽少女でもあった現在32歳の著者の、文筆家業や音楽活動や私生活(既婚で一児の母)などが綴られている。
バンドが売れる前の貧しい不安な日々や、成功の喜びや、理不尽な世間のバッシングや、ある年のひと夏を要したレコーディング時のナーバスな思いやなどが、読み手の心に入り込んでくる。
また、妊娠中の不安定な精神状態や、シェアハウスでのバンドのメンバーとの共同生活と、そこに出没する人たちのほのぼのとした温かさなど、本書の全体の色調は寒色と暖色がうまく混ざり合っていてバランスが取れている。
「文学界」に連載を依頼されて有頂天、短いエッセイだからか2~3時間で書けると思っていたのに毎回その10倍の時間がかかったと藤崎はあとがきに告白する。
私の期待していた読書感想文やレビューではなかったが、エッセイとしてとてもいい文章だった。
描かれていることはみな、乾燥していなくてしっとりとしていて、まっすぐでなくてわずかに歪んでいて、拡がっていなくてほどよくまとまっていて、ケレンのないそれらのファンになった私には満足できた一冊であった。