遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

女性におすすめ2019年三島賞の三国美千子「いかれころ」

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新潮社主催の文学賞、第32回(2019年)の三島由紀夫賞を受賞したのが三国美千子の「いかれころ」。ちなみに三島賞の選考委員は、川上弘美高村薫辻原登平野啓一郎町田康のそうそうたる5人の作家で、委員は次回から全員が交代となるようだ。

同時受賞の山本周五郎賞を受賞したのが、少し前に弊ブログでご紹介した朝倉かすみの「平場の月」だった。

平場の月/朝倉かすみ - 遊びをせんとや生まれけむ

 toship-asobi.hatenablog.com

 さて「いかれころ」は、大阪人ならなじみのある言葉で「踏んだり蹴ったり状態」のことを表す。漫才師の横山やすしかだれか大阪の芸人ががよく使っていたフレーズのような気もする。

小説の舞台は1980年代初頭の大阪の南河内南河内とは、奈良との県境の金剛山のふもと辺りの地域で、西側地域が大阪湾に面する堺市一帯で、そこで専業農家を営む一族の短い春から秋の物語である。

物語は、一族の最年少の四歳の菜々子の思い出語り形式になっている。縁談話が持ち上がるのが菜々子の伯母の志保子で、著者三国美千子の面影は、4歳の菜々子と結婚適齢期の志保子の双方に存在する。

最年少の菜々子が観察し続けるこの豪農一族の女たちが凄くて怖くて狡くてタフで、間違いなく実在するようなリアルな女たちだ。リアルだけど存在人口はそう多くはないところが怖い所以で、個性が際立った女たちが見事に描かれてる。

一族の男たちは、ご多分に漏れず傲慢で非現実的で女を見下したようなのばかりが登場し、そのくせ皆マザコンなのがこれまたリアル。80年代の話でなくても、いつでもどこでも通用する日本男児ステレオタイプばかりが登場し、このような日本の男と同居できる日本の女は世界一立派で我慢強いと再認識できる。

加えて一族郎党の口からは、「婿養子、アカ、解放運動、縁談、恋愛結婚、精神疾患、資産」などの差別的な素材がメインテーマとして次々に現れる。現代でも、南河内に限らず日本中でヒソヒソ話の中に出てくるはずの素材で、島国根性丸出しで不潔だ。だからこそ、本作は逆に清潔で魅力的でもある。

精神を病んだ縁談話のある志保子は、肌身離さず「胡桃の木の皮で編まれた黒い長方形のカゴ」を持ち歩いている。結納の場でも、振袖姿でそれをそばに置いている。

カゴには赤いチェックの布で覆われた志保子の秘密の宝物が入っているらしい。ある時、そのカゴが地面にぶちまけられ秘密が地面に散乱する。著者は、まるでその「黒いカゴ」をぶちまけたような気概で本作を書き上げてデビューしたのではないだろうか。

河内版「嵐が丘」農家版「細雪」女性版「枯木灘」、うーんどれもちょっと違うか。男は読まない方がいいかもしれない。

  

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