イノセント・デイズ 早見 和真 (著) (新潮文庫)
イノセント【innocent】1 無実の。潔白な。2 純潔な。また、無邪気な。
まあバカにするわけではないけど、何の苦労もなく育ってきてゆとり教育を受けて脳天気なテレビドラマしか見たことのないような人たちにとっては、「なにこれ?」といった小説だと思われるだろうな「イノセント・デイズ」。
私はなんでこの小説を読み始めたのかよく覚えていない。
誰か(有名人)が薦めていたのか、書評を読んだのかだろうと思うが、いつものようにまったく事前の情報なく読み始めたものだから、この物語は私をどこへ連れて行くのかと前半戸惑った。ミステリなのかどうかもよく分らなかった(分からなくても問題ないのだけど)。
主人公は、30歳の死刑囚、田中幸乃。元恋人の住むアパートに火をつけ、恋人の妻と幼い双子の女児を焼死させた殺人放火で、死刑判決を受けるところからこの物語は始まる。
各章には、主人公が死刑を言い渡された判決文の一部が用いられる。
第一章 「覚悟のない十七歳の母のもと――」
第二章 「養父からの激しい暴力にさらされて――」
第三章 「中学時代には強盗致傷事件を――」
といったように、死刑囚幸乃の不幸な生い立ちから現在に至るまでの人生の輪郭が、章を追ってくっきりと描写される。
幸乃が人生で出会った、父母、祖母、産科医、おさなともだち、同級生、古本屋の女主人、アパートの大家、弁護士、刑務官たちと関わり合う場面が書き込まれ、時には彼ら自身が語り部となってエピソードはぐんぐん前へ進んで行く。のたうち回ってもどかしく進んでいくところもある。
この世の不条理をすべて引き受けたような一人の女性の物語なので、辟易する所が随所に現れる。もし朝ドラになったりすれば、途中で打ち切りになるだろう、そんなやるせない物語である。しかし、彼女に近い女性は今の日本にも少なくないし、貧しい国に生まれた少女なら普通の人生かもしれない。
本書の結末についてどう思うかと問われれば、百人百様の思いがあるだろう。私は主人公の取った行動は「あり」だと思うし、それこそ人間らしい行動なんだと思わずにはいられない。
また、さまざまな登場人物、彼ら彼女たちの考え方や行動やその動機や背景について、本書の読了者と語り合ってみるのも善いかもしれない。結論はないけれど、人間の多様性について考えさせられるだけでもいい経験だと思われる。
人生はつらくて長いフィールドワークのようなもの、それを避けていては人に生まれた快感は分らないままであろう。
このレビューを書いてから、読書メーターなどでできるだけ多くの感想を読んでみたいと思う。「ナイス」だと思う意見はほとんどないと分かっていても、そうしたいと思っている。
本書は第68回日本推理作家協会賞を受賞している。