遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

幸福小説「成瀬は天下を取りにいく」を読みました

成瀬は天下を取りにいく  宮島未奈  新潮社

小川哲の「地図と拳」の主人公細川が、私的には2023年のもっとも魅力的な登場人物でしたが、2024年のそれは、宮島美奈「成瀬は天下を取りにいく」の主人公成瀬あかりに決定しました、早くもこの時期にです。

本書は6編からなる短編小説で、女子中学生から女子高生に至るまでの成瀬あかりを彼女の周辺の人たちなどが一人称で成瀬を語ります。(最終編は成瀬による一人称です。)

物語の舞台は滋賀県の大津で、表紙のバックの建物が今はなき西武大津店で、大人になってから大津と関わり合いを持った私としては懐かしい建物です。

成瀬は中学生の頃から、実にマイペースで暮らしていますが、傍若無人にふるまう生徒ではありません。とはいえ、他人に嫌われたらどうしようかと思うことはないし、友だち作りのために控えめに接して自制することもありません。そういうマイペース人間ですから、ちょっと変人、変態と同級生の口から語られることも少なくありません。

しかし、成瀬が一人称で語る最終章では、他人の立場に立つことのできる細かい心遣いの持ち主であることも明らかになり、成瀬は他人を尊重できるマイペース人間だと判明します。

10万人に1人いるかいないかくらいの変人で、私たち世代では日本で年に20人くらい成瀬のような人間が生まれていましたが、少子化のいまは7,8人しか生まれてきませんから、めったにお目にかかれない愛すべき貴重な人物と本書で出会えます。

本書はライトな感覚ですいすい読むのに適していますが、成瀬が本書の中で吐くセリフは、私たち読み手にもビンビン届くありがたい言葉であることに気付くと、「そうか、成瀬みたいな生き方・考え方がいいな」と哲学要素を感じながらも読めるかと存じます。名付けて「幸福小説」と命名したいと思います。

中学生や高校生のみならず、その両親や祖父母にも楽しめる小説で、もちろんのこと、滋賀県内にとどまらない全国区の小説でもあります。◎

 

西武大津市