遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

伊与原新の小説「八月の銀の雪」を読んで幸せになる

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八月の銀の雪  伊与原 新(著)   新潮社

本書「八月の銀の雪」は5つの短編からなる。

息苦しい生活をするそれぞれの短編小説の主人公たちは、「地球の内核」「クジラ」「伝書バト」「珪藻」「凧」などの生物・科学的素材とそれにまつわる人物たちと出会って再生していく。

その「素材」を単なる字面だけで判断すると退屈そうだけど、主人公たちが物語の中でその素材と出会ったり触れ合っていく様子を見ていている読者も、主人公たちと同じ追体験をすることになる。私もそうだったように、それは楽しい新鮮な出会いとなった。

また、あまり幸せではない現代の日本や現代人がきちんと示されていて切なくなる部分があるが、そんなものは小説の中ではかすり傷のようなものなのだ。生身の人生でも、かすり傷のようなものだけど。

著者の伊予原新は大学院で理学系の博士号を取ったお方で、科学と文学をグラデーションで巧みに繋げてくれていて心地よい。人の営みの尊さを理解できて、それを知らしめてくれるやさしい優れた作家でもあるとお見受けした。

人間は高度な生き物だから落ち込むのだろうが、本書のような再生の物語を読んで再生する力を蓄えられるように思う。

信じられないかもしれないが、「小説を読んで幸せになるすべがある」ことを多くに人に知ってもらいたいと思うのである。