遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

井上ひさし氏の死を悼む

イメージ 1

 
また巨星が堕ちた。

1964年に「ひょっこりひょうたん島」は始まった。

これは、田舎の小学生だった私には、実は少し高度な人形劇で、

同じくヒューマニズムが底に流れる「鉄腕アトム」と並んで、

本当の奥深い素晴らしさは、よく理解していなかったと思う。

「鉄人28号」や「ポパイ」や「おら三太だ」は分っていたのに。


その後、何冊かの井上ひさしの書物や、彼の言動と接し、

作家・言論人としての果たすべき役割、

ノブレス・オブリージュをわきまえた大人だと敬服していた。


画像は、数少ない私の本棚から引っ張り出してきた井上の著書、

もう少し読んでいるだろうが、ざっとこんなところである。

今見返すと、装丁が黒田征太郎(「モッキンポット師の後始末」)、

安野光雅(「新釈遠野物語」「本の枕草子」「私家版日本語文法」など)、

山藤章二(「青葉繁れる」)と豪華な面々で、

井上の勢いを感じさせる。


ひょっこりひょうたん島」の良さがよく分らなかった小学生だったが、

もっと大人になってから読んだ彼の小説の持つ温かさは、

とてもよくわかったし、まだ未熟な大人だった私にやさしく響いた。

「ひょっこり~」では、トラヒゲによく突っ込まれていたドン・ガバチョの孤独感が、

今ならよく分るのかもしれない。


井上が伊能忠敬を描いた「四千万歩の男」をいつか読みたいと思っていたが、

そのときが来たようだ。


謹んで井上ひさし氏のご冥福をお祈りいたします。