遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

八朔の雪/高田郁

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八朔の雪―みをつくし料理帖 高田 郁 (ハルキ文庫)


ミシュランのガイドブックで、関西の★★★は7店、

うち6店が京料理の店であった。

ことほど左様に、関西の伝統的な和のテイストは、世界を魅了するのである。


「出汁(だし)を引く」という美しいことばだけで、

ぬれた石畳と暖簾にいざなわれる小宇宙が脳裏に拡がる。



「八朔の雪 みをつくし料理帖

主人公の澪(みお)は、まだ十代の女料理人。

大坂の一流割烹で修行を積み、訳あって江戸に包丁一本で出て来た。

おそらく、彼女のサクセス・ストーリーになるはずのシリーズ第一弾が、この作品。

ピアニストのらぷさんに薦めていただき、シリーズ一冊目を読了。


澪は、関西の和のテイストを懐に、花のお江戸に乗り込んできたのだが、

ご当地のお客にその味がそのまま受け入れられないところが、

大きな壁であり、苦労のし甲斐でもあり、

そういった艱難辛苦の周辺に、おもしろい物語が展開されるのが世の常なである。


パリの★★★フレンチ・レストランが、そのまま東京に進出したって、

必ずしも成功するとは限らないところが、おもしろいところで、

住む人が違い、気温の変化が違い、湿度が違い、水が違い、食材が違うから、

その土地で苦労しないと、その土地で成功する味は作ることができないのだろう。


収録作品

・狐のご祝儀――ぴりから鰹田麩(かつおでんぶ)

・八朔の雪――ひんやり心太(ところてん)

・初星――とろとろ茶碗蒸し

・夜半の梅――ほっこり酒粕

ストーリーは連続しているが、各章ごとにメイン・ディッシュが替わる。

田麩(でんぶ)・心太(ところてん)・茶碗蒸し・酒粕汁は、

どれをとっても私の大好物で、母親が亡くなってからは、

あまり食べなくなったものでもある。

それぞれメイン・ディッシュと呼ぶには違和感があるが、

この作品内でその存在感や大変なもので、

この作家は、物語を書くことと同じくらい、料理が上手に違いない。

新しい料理の試行錯誤&創作ディテールは、実践しないと描けないものだし、

その証に、巻末にはそれぞれのレシピまで付いている。

楽しんで読まれたし、読まれたら食されたい。


子どもの頃、母親の手伝いで、

かまどの灰を十能でさらえたり、

さんまを屋外で焼くために七輪に火をおこしたり、

収穫したばかりの大量のだいこんを川で洗ったりしたことを、

この作品を読んでいて、それらの状況やツールを思い出した。

つい50年ほど前まで、江戸時代のままの習慣を引き受けて、

私たちは生きてきていたのだと、感無量になった。


澪を取り巻く登場人物も、魅力ある心優しき人たちで、

店を任せてくれる爺さんや、澪をサポートしてくれる近所の夫婦や、

大坂から一緒に江戸に出て来たご寮さんなどなど、善人ばかり。

とりわけ、吉原のあさひ太夫なる花魁の素性たるや、

私の推理どおりのお方で、こうもすとんと話が収まると、

いくらへそ曲がりの天邪鬼の私といえども、

居心地のいい高田郁(かおる)ワールドなのであった。


いま一年でもっとも寒い日が続く、

ほっこり酒粕汁が飲みたくて仕方のない、今日この頃なのである。

先にこの本を読了したうちのカミさん、

以心伝心、そろそろ作ってくれるかなと期待している、

ほっこり酒粕汁をである。