遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

銀二貫/高田郁

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銀二貫     高田 郁    (幻冬舎時代小説文庫) 

今回ご紹介の1冊は、「みをつくし料理帖」シリーズでおなじみの高田郁(かおる)の時代小説「銀二貫」。
4月から本書が原作のNHK木曜時代劇ドラマで、「銀二貫」が始まったので、ドラマはとりあえず録画をしておいて、原作を購入して、先ほどようやく読み終えた。

タイトルの「銀二貫」は、江戸時代の大坂で主に流通していた貨幣の銀の重量をあらわしている。銀の貨幣二貫(約8㎏)は、金に換算すると33両に相当する大金であると本書にある。

大坂の寒天問屋の主人和助は、火事で焼失した大坂の天満宮に寄進しようと、貸付先などからかき集めた銀二貫を懐に茶店で一服していた。すると目の前で、侍の敵討ちに遭遇してしまった。敵討ちは敵相手を斬り、さらにその年端もいかない息子に詰め寄ろうとしていたところを、和助が割って入り、「銀二貫でこのかたき討ちを買った」と、懐の有り金総てを敵討ちに渡してその子どもを救うところから物語は始まる。

武士の子どもがその名を捨て、松吉という名の大坂の寒天問屋の丁稚として修業を積み、人として成長してゆく姿を、あたたかい人情話に仕立て上げている。

私の育った大阪北部は、かつて良質な寒天の産地であった。私の子どもの頃にもまだその名残があった。
日本海の天草を、いったん心太(ところてん)に加工したものを、冬の寒気と日光に当てて乾燥させて保存と流通に耐えうる食品に仕立て上げる作業が、寒天製造である。寒天は、こうや豆腐と並んで、わが国のフリーズドライ食品の元祖なのかもしれない。
時として夏場は私たちの遊び場にもなる広大な寒天場、通称「天場(てんば)」には、冬には寒天が干される。乾燥するにつれ真っ白になっていく寒天が乗せられた山あいに広がる棚場は、大阪北部の冬の風物詩であった。

作者の高田が採用した素材が、寒天というのが地味ではあるが、寒天問屋を通して大坂商人の商いと食の大坂の共存をよく表していて、面白く読んだ。寒天場の近くで幼少期を過ごし、心太や水ようかんや涼しい和菓子など寒天菓子が大好物の私には、ごっくんと楽しかった。

武士の子から丁稚になった主人公の松吉は苦労をするが、たゆまぬ努力で、周囲に愛される立派な青年に成長していき、読んでいてほっとする。例によって、高田の小説は、極悪非道な輩はあまり出てこない。平成の現実世界の世知辛さに比べれば、ストレスがなくてとても塩梅がよろしい。

作中で、寒天問屋井川屋は、何度か銀二貫を「有効利用」する場面がある。自分たちのためだけに金を溜めこむのではなく、直接的にあるいは間接的に社会貢献を実施するのである。(法人税減税反対!)
無駄使いを避け節約し、自分の店だけでなく社会に貢献するために才覚を研ぎ澄ませ、神仏や自然を崇(あが)める商人が、パワーを持つことができ何度も銀二貫の財を作り出せるのだ。どこか普遍的な教えがそこにはあるように思えるのである。

暑くなってきた。また、水ようかんを作ろうと思う。