遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

朝比奈秋の「植物少女」には、圧倒的な生命の尊厳が塗りこめられていました

植物少女  朝比奈 秋 (著)  朝日新聞出版

今期の三島由紀夫賞を受賞した「植物少女」を読みました、どの頁も例外なく胸や目頭が熱くなる作品でした。

主人公の美桜(みお)を出産する時に、脳出血植物状態になってしまった母、深雪。

美桜は、植物状態の深雪の母乳で育ち、やがて成長して、ほぼ毎日病院の特別病棟の部屋で、植物状態の母と2人だけの時間を過ごしたり、同室の植物状態の患者たちと静かな交流を繰り広げます。

勤務医だった著者は、病棟や病室の患者や医師や看護師をクールに描いています。

そして、それらの対局にあるのが著者が創り出した主人公の美桜で、植物状態の母親との濃密な時間の描写に圧倒的な生命の尊厳が塗りこめられていたり、美桜の独白による心の移ろいに読み手は心を揺さぶられることになります。

植物状態の人間にただただ憐憫を感じていた読み手も、本作を読み進めることにより、美桜と深雪に命の荘厳さを教えられることになり、心が打ち震えるのです。

著者が男性だと読後に知り、かなり驚き、なぜか少しがっかりしたのですが、彼は5年ほど前からひょんなことから書きだした物語が評判になり、小説世界に身を置くことになり、勤務医を辞めてフリーランスの非常勤医師と作家の二足の草鞋を履くことになったそうです。

文学とは無縁の生活を続けてきたにもかかわらず、本作のようなこんな世界が描けるなら、勤務医を辞めてもいいのかもしれないなと思わせられるほど、立派な小説でした。

人の命を救うのは、極論を言うと「メス(医学)」と「ペン(文学)」だと私は思うのですが、著者はその両方を備え持つお方のようです(著者は内科医だそうですけど…)。

私の中では、今年上期ナンバーワン作品でありました。◎