遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

話題のノンフィクション「母という呪縛 娘という牢獄」を読みました

母という呪縛 娘という牢獄 齊藤彩 講談社

《深夜3時42分。母を殺した娘は、ツイッターに、「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と投稿した。18文字の投稿は、その意味するところを誰にも悟られないまま、放置されていた。2018年3月10日、土曜日の昼下がり。滋賀県、琵琶湖の南側の野洲川南流河川敷で、両手、両足、頭部のない、体幹部だけの人の遺体が発見された。》

 

本書は、実の母子、髙崎妙子58歳(仮名)が31歳の娘・あかり(仮名)に殺された実際の事件をもとに書かれたノンフィクションです。

あかりが小学生の時に手塚治虫の「ブラックジャック」を読んで、外科医になりたいと妙子に言ったことからこの家庭は不幸な道を歩むことになります。

あかりは、中学受験をクリアした後に、成績が芳しくなくなったことから医師になることを諦めはじめる(文章を書いたりする文系に憧れ始める)のですが、母妙子は娘が医者になる夢を見続け、二人の生活はその「夢」が中心に回り続けます。

やがて同居していた父親は、娘に執着する母親から遠ざかり、毎月の生活費は入れつつ会社の寮で寝泊まりをはじめ、その後15年間ほど、事件が発生するまで母子二人だけの生活が続きました。

著者の齊藤は大阪に勤務していた共同通信の元記者で、本書は事件後に著者が大阪拘置所に収監中のあかりと面会するところから始まります。

あかりの著者あての「手記(手紙)」がそのまま本書の随所に差し込まれていて、著者の一審・二審の取材やあかりとの面談によって書かれた本文とが相まって、母と娘の生々しくて息苦しい半生が立ち上がってきます。

きれいな字で書かれたあかりの手記は、誤字脱字が全くなく、「この字正しいのかな?」と逆に著者が辞書を引くほど精確なもので、そのような文章を書くことも、母親の躾のひとつだったそうです。刑務所の中でも、毎日新聞を読み、年間に100冊以上の本を読む生活なのだそうです。

母妙子は自身の幼少時代に不幸なことが重なり、生みの母は幼少の妙子を自身の妹に預けて第二の夫の国であるアメリカでの生活を選びました。なので、妙子は実の母親と離れ離れで暮らした半生でした。

「モンスター」に育てられたあかりは、結局のところそのモンスターを倒すことになりますが、この強烈な親子に読み手は押しつぶされそうになります。

でもこの母子が特殊でもなくて、私たちもこの母子とほぼほぼ同心円状に居るような気がしてきて、いつも私たちは何かに束縛されていると自覚させられて、なぜか息苦しさは解消していきます。

なぜこのような不幸な事件が起こってしまったのか、著者は深いところまで語らず、「お考え下さい」と淡々と事実のみを私たちに提供します。

あかりは、減刑されて現在刑期を全うしている最中ですが、あかりに暖かい言葉をかけてくれた二審の裁判長や、無言で寄り添ってくれる父親をはじめ、彼女の支援を続けてくれる人たちに私たち読者も救われるのでした。