犬のかたちをしているもの 高瀬 隼子 (著) 集英社
「おいしいごはんが食べられますように」の芥川賞作家高瀬隼子のデビュー作「犬のかたちをしているもの 」を読みました。著者は本作で第43回(2019年)の「すばる文学賞(集英社文庫の公募新人文学賞)」を受賞している。
本作の冒頭。ある朝、主人公は半同棲中の郁也に仕事終わりにドトールに来てくれと呼び出される。ドトールに着くと郁也の隣には見知らぬ女性が腰かけていて、そのミナシロと名乗る女性から主人公は驚愕の依頼を受ける。
その依頼とは、ミナシロは郁也の子を妊娠していて、その子をもらってほしいというものだった。
読み手の私たちは、主人公と同じく、郁也とミナシロにいくつかの問題を提起される。
男と女の関係、子どもを産み育てること、自分を作ってくれた家族とこれから作ろうとしている家族のことなどについて、読み手は主人公を通して考えたり悩んだり思い出したり悔やんだりすることになる。
主人公と郁也とミナシロの世界はフィクションだから何の思い入れもないのだが、読み手の過去や未来はリアルなのだから頁を離れてモヤモヤ感を味わうことになる。そして、この小説は読み手の思うようには動いていかないし、リアルな暮らしだって同じことなのである。
スッキリスカッとしないストーリに読み手は不服を申し立てることがままあるけど、感動エピソードだけで物語は成り立っていないことだってある。
高瀬隼子の「おいしいごはんが食べられますように」に登場する芦川もそうだったけど、本作のミナシロは現代日本のノー天気さを一手に引き受けているようで、それを担う役は女性にしかできないし、それを女性の登場人物に引き受けさせることは女性の作家しかできないことのように思う。
2021年にすばる文学賞を受賞した永井みみの「ミシンと金魚」のカケイという主人公の高齢の女性は、ノー天気ではなくて必死に生きてきた認知症一歩手前の女性だが、彼女だって別の意味で今の日本社会を表象している。
女性作家は、身体ごとぶつけて文章を書けることに最近気づいたのだった。