遊びをせんとや生まれけむ

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。夏目漱石

愛ある慈しみの物語「ザリガニの鳴くところ」

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ザリガニの鳴くところ  ディーリア・オーエンズ (著)  友廣純 (翻訳) 早川書房

幼くして家族に見捨てられ社会から蔑視された「湿地の少女」カイアの生涯の一部始終が描かれる。

6歳で家族に捨てられ、カイアは以後ひとりで暮らしていくことになる。ノース・カロライナ州の湿地の奥地のザリガニが鳴くようなところで、鳥や小動物が行きかう暖かい気候と水が豊富な大自然に育てられて、彼女を知る数人の村人たちに愛されながらカイアは成長していく。

彼女が獲ってきた貝を買ってくれる湿地で小商いをする黒人夫婦や、湿地の奥地に釣りに来るテイトという少年は距離を取りながら彼女をずっと見守ってくれる。とりわけテイトからは読み書きを教わり励まされ、彼女は標本採集という知的活動に夢中になり大人になってゆく。

そんなとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づいてくる…。

本作は早川のミステリだが「誰が犯人か?(フーダニット)」という本線もさることながら、幼くして家族に見捨てられ社会から蔑視された「湿地の少女」カイアの哀しく美しい生涯が読者に突き付けられ、読者も心地よい大自然にどっぷり浸かることになる。

戦後のアメリカ南部に、社会に打ち捨てられたようなひとりの少女の生涯を読んで、彼女に思い入れを感じている読者は何を思うのだろう。

自らの来し方を重ね合わせたり、自分の明るい未来を感じたり、地球上あらゆるところに存在するさまざまな格差を憂いたりと人さまざまだろう。

そして、この世に生まれて誰にも愛されない人はいないことも感じ取ることができるのだった。愛ある慈しみの物語である。